祖母が倒れた晩
西天 龍

祖母が倒れた晩
私が寝ていた土蔵の屋根から
人魂が立ったと聞いたのは
ずいぶん後のことだ

祖母のねんねんこの中から
見つめていた風景の記憶は
溶け残る雪がへばりついた
色のない晩冬のふるさとだけ

まるで覚醒を恐れるように
優しい体温に包まれて
いつまでもいつまでも
まどろんでいた

おそらく
ここなのだと思う
ぐずる私を背負い
いつも祖母があやしてくれた場所は

ゆるやかな坂の上に立ち
輝く湖を見る
遥かアルプスの山並みは依然白く
前衛の山々にも春の息吹はない

年を経た家は土蔵を残し建て替え中で
祖母は隣家に寝かされていた
手を引かれて臨終の枕頭に立ったが
怖くて、怖くて顔をそむけた

まどろみの帳は開け放たれ
ふるさとの季節は
画然と歩を進め始めた
まるで突き放すように

人魂が立ったと聞いたのは
ずいぶん後のことだ



自由詩 祖母が倒れた晩 Copyright 西天 龍 2009-08-23 22:13:20
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