祖母が倒れた晩
西天 龍
祖母が倒れた晩
私が寝ていた土蔵の屋根から
人魂が立ったと聞いたのは
ずいぶん後のことだ
祖母のねんねんこの中から
見つめていた風景の記憶は
溶け残る雪がへばりついた
色のない晩冬のふるさとだけ
まるで覚醒を恐れるように
優しい体温に包まれて
いつまでもいつまでも
まどろんでいた
おそらく
ここなのだと思う
ぐずる私を背負い
いつも祖母があやしてくれた場所は
ゆるやかな坂の上に立ち
輝く湖を見る
遥かアルプスの山並みは依然白く
前衛の山々にも春の息吹はない
年を経た家は土蔵を残し建て替え中で
祖母は隣家に寝かされていた
手を引かれて臨終の枕頭に立ったが
怖くて、怖くて顔をそむけた
まどろみの帳は開け放たれ
ふるさとの季節は
画然と歩を進め始めた
まるで突き放すように
人魂が立ったと聞いたのは
ずいぶん後のことだ