伊那谷
西天 龍
田植え前の伊那谷は
全ての田に水が張られ
まるで大きな湖のように
風がきらめきになり遥か渡っていく
いなごを追い、桑の実を摘み
駆け回った子供の頃が懐かしい
濃紺から薄墨へ幾重にも幾重にも
連なり南へ消える山々を見つめ
その先を思うこともあった
黄昏になれば
谷の夜空を瞬きながら渡っていくものを
不思議とも思わずただ眺めていた
飛行機はあっけなく
眼下の伊那谷を横切った
恵み深きアルプスの山並みに別れを告げて
ブラインドを下ろす
またこの谷に戻るために
しばらくこの谷を忘れるために