トルネード・トラジェディ
渡 ひろこ

それは黒い鍵爪だった
重く垂れた空からスッと湿った宙を引っ掻いては
狡猾に隠れる
くり返される蹂躙
積乱雲はメデュ―サの含み笑いの唇をふちどり
うすく開いた


生々しいクレバスを曝け出す空
目を背けるとジットリ肌を濡らす大気
大音響でクライシスを知らせる雷鳴
水分を吸った羽では
ヒヨドリは飛び立てなかった


真実を暴こうとまっすぐ天を仰いだら
饒舌な言い訳が降りそそぐ
語気を荒げた白い礫は
赤いセダンのボンネットを凹ませ
地面に弾き飛ぶ
叩きつけられたアスファルトは
礫が融けても言葉を沁みこませない



あまりに醜いので歌をうたった
サディスティックでふしだらな舌を諭すために
オーバーヒートして思いつめる情念を鎮めるために


一筋の歌が上昇気流に乗り
鍵爪の首にからみつく
歪んだ核心に触れられると
それは怒り狂って正体を現した
キリキリと身体をねじ曲げ
地上を目指して下りてくる
ヒヨドリは暴風に殴られ震えた




イビツな円錐の尖端についてる目は探している
まさぐるように着地点を選んでいる
ヒヨドリたちは見つからないように押し黙っている
尖端の目は狙っている
わたしを……




「やめて!」
叫ぼうにも怖くて声が出ない
これからの惨劇を楽しむかのように
鍵爪の冷酷な意思がゆっくり着地する


凄まじい憎悪の渦のパレード
周りのものを巻き込み取り込み
放物線の影絵を描く
すでにロック・オンされたわたしは
足が石になって動かない
逃げるすべもなく、あっという間に巻き込まれた


引きちぎられそうな痛み
ヒステリックなテロの渦中では
オーソドックスな言葉も
報復の礫に怯んでしまう


歯を食いしばり目をつぶって耐えているうちに
狂気のエネルギーはことごとく破壊しつくすと
やがて満足したように呆気なく消えてしまった


朽ちた残骸の中に取り残され
茫然と立ちつくすわたしを
すっかり晴れあがった青空が嘲笑う


脅えていたヒヨドリたちは
何事もなかったかのように飛び立ち
無邪気に囀りはじめる


青に隠れて浅く眠る、黒い鍵爪の耳元で















自由詩 トルネード・トラジェディ Copyright 渡 ひろこ 2009-08-19 20:02:38
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