元気な脳
なかがわひろか
私が1000円で売った脳みそを
あの人は嬉しそうに自分の物と取っ替えた
道端に捨てられたあの人の脳は
行き場もなくもらい手もなく
だけど元気が有り余ってる
少し面白そうだったので
捨てられた脳を拾って
私の頭の中に放り込んだ
脳みそは嬉々として
私の頭の中をはしゃぎ回った
私は新しい脳をなだめすかしながら
1000円で売った私の脳みそを思った
取り出したとき私の脳は
灰色がかかっていて
ひどく疲れ切っていた
けれど新しい脳は
そのことをゆっくりと考えさせてはくれない
新しい脳はとても元気で
私の言うことなんて聞きやしない
夜になっても眠らないし
朝から大きな声で歌を歌って
私はすっかり疲れてしまった
結局私は新しい脳を元の場所に捨てた
新しい脳は飛びださんばかりに
私の頭の中を駆けめぐっていて
けれどいやいやを繰り返し
なんとか捕まえて取り出した
また誰かが拾ってくれるさ
私は脳を段ボールに入れて道路脇に置いた
そして私は空っぽの頭で考えた
私の前の脳はどこに行っただろう
誰かこの脳を拾ってくれる人はいるのだろうか
そして私は思った
私には考えるための脳がもう無いということに
そして私は気がついた
私はそのことに気づくこともできないのだということに
(「元気な脳」)