名前を消されて-0.5-
AKiHiCo

呼吸が乱れ悲鳴を上げました
目の前に繰り広げられるヴィジョン
過去を投影した記憶の水底
両手で耳を塞ぎます
零れ落ちる泪に宿る刹那さ

駆け抜ける当時の恐怖
現実との境界線を失くした海馬
乱れる髪は顔を覆いました
数人の大人達が少年を
少年を抑え付けます

金銭関係でまともな治療を施される
事のない少年に名前はありませんでした
縛られた四肢でも尚動かせる肘で
何かを訴えますが届く当てはありません

リスパダール液の沁みてゆく身体
冷たくて呼吸が深く為ってゆきました
陽射しが手の甲を照らします
解決策を見出さない環境は幸せなのです
過去に向かう事で
もう会えないであろう母親に会えるのですから

口に出せば白眼視されてしまいそうで
指を軽く曲げて爪が在るのを確認しながら
微苦笑を放り投げました
この先には歩ける路が在るのでしょうか
無くとも誰かがきっと導いて下さると

信じていてもよいでしょうか、

返事のない問い掛けは
繰り返されました

静寂だけが部屋を埋めてゆきます
月灯りが優しく緩やかに
けれど冷ややかに



自由詩 名前を消されて-0.5- Copyright AKiHiCo 2009-08-18 19:16:37
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