ワンダーラスト
山中 烏流




忘れた景色のことは
もう、分からないから
私を追うのなら
出発は
最終列車がいい

戻るつもりのない時間帯に
その街を出てきたことだけは
今もまだ
覚えているから
どうしても、出てくるつもりなら
きっと、最終列車がいい


空だけを見たいのなら
飛行機の窓を覗けばいい、と
老人は
私にそう囁いていて
まるで
そこに隔てがあることを
彼は
気にしていないかのようだった

しかし
彼の言った景色を
私は見ないままで
出発してしまったから
その後の彼を知らないし
その顔も
もう、忘れてしまった



私が歩くのは、誰かの歩いた跡
そこに落ちている景色を拾いながら
先に進んでいく

そういえば
列車には時刻表がなかった
線路は一本きりで
後続も、未だ来ない


いつかの老人は
少し離れたところにある席で
眠っているのか
死んでいるのかが分からないくらい
小さく
呼吸をしていると聞いた
から、
もう一度
その顔を覗きに行ったのだけれど
やはり、私には
あのときの話が思い出されるばかりで
あの景色や
彼の顔つきなんかは
何一つ分からないままで
何一つ
思い出せないままで





そして、
最終列車は来ない


そして、
私は
戻ることができない









自由詩 ワンダーラスト Copyright 山中 烏流 2009-08-17 03:19:50
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