おまじない
殿岡秀秋

日曜日で小学校は休みである
縁側で日向ぼっこをしながら
ナシナシナシ
とぼくはつぶやく

自転車に乗れないのはおまえだけだと
次兄がぼくを小ばかにした
ぼくは言い返せないで澱んだ気分を
無かったことにする

声にださないと
消えてくれないので
ナシナシナシと
つぶやきつづける

ぼくの気持ちが
納得するまで
続けなければならない
おまじないの決まりだ
長兄が気づいて
おかしなことを言っているぞ
と唇で笑いながら家族にしらせる
首筋に糸が張ってぼくは声を呑みこむ
しかしはじめたら途中で止められない
神様との約束だ

仕方なく小声でつぶやく
家族が寄ってきて耳を虫のように近づける
「何と言っているのかな」
ぼくは喉で言葉をせき止める
つぶやきが胸に戻って水流のような渦を巻く
ぼくが黙ってしまうと
家族は居間にもどって世間話をはじめた

ぼくは縁側からぼんやり庭をみる
本を黙読するように
頭の中でナシナシナシと
文字を並べるが
胸の渦は大きくなるばかり
居間からは見えない庭の隅におりて
小さな池の水に顔を近づける
家族に聴こえないようにつぶやくと
水面はかすかな波紋を広げて
ぼくの顔を福笑いの絵にする
波紋がおさまりそうになったのに
木の葉が落ちてまた波が立つ
胸の渦は鳩尾のあたりで深くなる
おまじないを止めた方が
平らな気分になるかもしれない

大人になったぼくの胸に小さな池があって
人の言の葉が落ちると波紋を拡げる
おまじないの代わりに
指で水の中に字を書く
人の言の葉は影をつくり
文字を明るく際立たせる

それらが交じりあうと
色彩が生まれ
池から空へ
虹が架かっていく


自由詩 おまじない Copyright 殿岡秀秋 2009-08-16 19:19:34
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