安全ピンなら安全ですから
木屋 亞万

名札についている安全ピンになかなかどうして不安になるのでしょうか。服に穴を開けるときに針が皮膚まで達してしまったらなんて、そんなことがある訳ないでしょう。
ピストルに安全装置がついていてそれでも人を殺すといいますが、銃弾は人を穿つためにあるのですから、完全に安全になったならばそれはただのモデルガンではないですか。
彼は自分のソレをマグナムだと言いましたが、私にはただのミシン針にしか見えませんでした。手当たり次第に布を押さえつけては刺し込んで、暴走気味の糸車から白糸を布の奥へ潜らせていきます。
ミシン針を無理矢理に動かし続けるとすぐに折れてしまうことを私は知っていました。工場からミシン針は山ほど生産されていますので、別に折れても新しいものを買い求めればよかったのです。本当のことをいうと私はそのミシン針が放つ臭いに惹かれてはいました。
安全な人間になりたいと彼は言いました。人間を襲う人間はただ安全装置が外れていることに気付かなかいだけなのだ、それと同じなのだと。
針がむき出しになってしまった安全ピンがチクチクと人を刺してしまうように。ピストルの安全装置が銃の本能的な攻撃性を削がないように。ミシン針は好きなだけやわらかな布を刺して糸を縫い付けていけばいいのです。
歪んだミシン針は安全ピンにはなれません。
私は太くて長いミシン針を待ち針にするつもりはありませんでした。
安全ピンは名札として子どもたちの胸の肌の上を滑っていればいいのです。安全ピンには安全ピンの特性があります。
穿つものはどれも人を襲えば事故になります。
私の壊れかけのミシン針はただ激しい音を立てて兎のように布を襲っていればいいのです。


自由詩 安全ピンなら安全ですから Copyright 木屋 亞万 2009-08-16 00:34:47
notebook Home