こえだけがきこえる
木屋 亞万

さけぶこえがきこえる
いくつものこえ

おぶらーとでつつんだはなからぬけるようなこえ
みみもとでささやくはっきりとしたたかいこえ
なみだがながれたあとのふるえるこえ

ほほえんでいるこえ
ほんにめをおとしているこえ
だれかにむけられたのではないこえ

ことばにならないかんじょうのこえ
こえにかきけされてしまうこえ
りずむにのせてうたわれるこえ

くちびるからでなかったつぶやきのこえ
せんぷうきにすんだんされたこえ
いかりにねじれてしまったこえ

ろくじゅうおくのくち
ひゃくにじゅうおくのみみ
みみのほうがおおいの
でもこえはもっとおおいの

ないてるいくつものこえ
ないてないこえだけどなきたいこえ
なきたくないこえでもないたことがあるこえ
なくことをがまんするようになったこえ
なくことをわすれてしまったこえ

おなかがすいたというこえが
かなしくひびかなくなればいいのに
どのいきものもおなかがすかなくなればいいのに
どのいのちもたべずにいきられればいいのに

らいおんにくわれるいんぱらのさいごのこえが
みみからはなれなくなって
いんぱらはもうどこかにきえてしまって
そのこえだけがいまもいきている
みみもとでさけんでいるこえのなかに
くさばのかげからまぎれているのだ

さけぶこえがきこえる
こえ、こえ、こえても、こえ、こえても、こえ
こえをだすたびに
すこしずつかわいていく
かわいていく、のは、のどだけではない
いのちはどれもからからになって
いつかはしんでいく

こえだけがみみにのこって
しんでも、もういなくても、こえだけが
みみもとで
こわいくらいちかくで
はっきりとなにか
なまえをよんでいるきがする

みみだけがおぼえている
みみにはいるちょくぜんのこえのけはいを
そのさきにあるくちと
そのくちをもつものが
いまでもそこにいるようなきがして
いちどもだきしめあえなかったことが
かなしくおもえる

なつのよる
じぶんのこえをわすれてしまうくらい
しずかなまよなか


自由詩 こえだけがきこえる Copyright 木屋 亞万 2009-08-15 02:30:11
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