しなそば
ばんざわ くにお

その人とあまり話したことはなかった
小さい頃だったから
大人の人と何を話してよいか
わからなかった
車に乗せてやるからと言われて
田舎道をドライブした
当時、車は珍しかった
ドライブ中も
会話はなかった

帰り道
中華料理店に入って
しなそばを注文してくれた
しなそばは
食べたことはなかったが
しなそばという響きは
大人の食べ物のように感じた
しなそばはおいしかったが
不思議な複雑な味だった
だから
あの時のしなそばの味は
覚えていない
しなそばの味は
幼年時代の私の
ちいさな謎になった

あれから何十年が過ぎたが
しなそばという言葉を聞くたび
あのドライブを思い出す
そして思い出せない
あの不思議な味

遠い子供の頃の
知らない町の中華料理店で
今でも大人たちが
しなそばを
食べている


自由詩 しなそば Copyright ばんざわ くにお 2009-08-14 20:33:23
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