かさぶた
伊那 果

 いつ転んだときの傷だったかも
 わすれてしまっていたけれど
 かさかさに乾いたかさぶたを
 
   (だからかさ、ふた、っていうんだろうね)

 ぺりっとめくると
 透明の液体に混じった赤い細い糸

    (あ、チだね、これは)

 それで私は
 一生懸命探るんだ
 あつく熱せられたアスファルトの上
 こすれていく皮膚
 頭の上のぎらぎらとした太陽
 この傷の記憶を

    頭の中にはたくさんのたくさんの引き出しがあって
    忘れてしまっていいことや
    忘れてしまっては困ることや
    忘れてしまいたいことや
    あなたのぬくもりを
    しまっているんだそうな
    
    すべて、消えてしまうわけではなくて

手を重ね合わせるだけで胸の奥にこみ上げた せつなさ、としか呼べない感情は

        けして、消えてしまうわけではなくて

  低気圧に揺られる激しい風鈴の音とともに
  よみがえってきたりするのだ

      少女時代の記憶が
      なぜか麦藁帽子とすいかというお決まりのイメージで
      本当は私は野球帽をかぶったすいか嫌いの女の子だったとしても
      そういう定型の中に、沈められていくのだ、日常は

だから手を重ねるだけで、愛し合っていると、信じてしまったのだ

  (だから今、涙を流したりするのだ、悲しいものだ、と思い込んで)


自由詩 かさぶた Copyright 伊那 果 2009-08-14 20:14:11
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