電車ごっこ
吉田ぐんじょう
。
四角い硝子の内側に
ぶわぶわしたひとびとが
等間隔に産み付けられた卵のように
ぎっちりと隙間なく座っている
人間ではないふりをした顔は
電灯に照らされて
生気がないように青白い
各駅停車はのろのろと進み
中吊り広告は猟奇的な事件を
こぞって書き立て
そこだけ人間臭いような雰囲気が漂っていた
窓から見えるのは
夥しい数の信号機とお墓ばかり
一体なんのために生きてきたのだろう
そんなにまでしてどうして生きてゆくのだろうか
わたしも知人も知らない人も
みんな重たい荷物をひっぱりまわして
。
駅の喫茶店で手紙を書いている
キオスクで買った百円のボールペンで
精一杯ていねいな文字で
だけど
書きたいこととは違う方向へ
どんどん逸れていってしまう
おわかれの手紙を書いているのに
気づくとカモノハシの生態について
便箋を埋め尽くす勢いで書いてしまっていたので
諦めてペンを置いた
カモノハシは眼をつぶって水中を泳ぐ
だけどいまそんなことはどうだっていいのだ
あんまり明るすぎるせいなんだろうか
窓の外を見てみると
通りすぎてゆく人々はよそよそしく
すこし透き通って
さんさんと陽が射していた
口に含んだアメリカンコーヒーだけ
雨の味がして親しくて
遠くのホームの発車ベルが聞こえる
(あ、遅れてしまう)
。
雑踏の中から帰宅した夕暮れ
ふとズボンのポッケットへ手を突っ込むと
果実のような形をした
誰かの心臓が入っていた
急いで降りた駅へ戻り
遺失物の確認をしたのだが
―心臓を落とされた方ですか
―いなかったようですけどねえ
新月の夜に似た濃紺の制服を着た駅員は
何かの帳簿をいじくりまわしながら
つまらなそうに言った
その日からわたしは
ズボンの尻ポケットへ心臓を入れたまま
町じゅう歩き回っている
もくんもくんと動き続ける心臓を
早く持ち主に返さないといけない
そうしなければ
誰かがそばにいるような気がして
誰かがそばで
わたしに笑いかけているような気がして
安心してしまうから困るのだ