かげおくり
あ。
夏の空が広く見えるのは
余計なものが流されているからだろう
小学生の頃の一番の友だちは
国語の教科書と学級文庫と図書室の空気
頁をめくったときの薄っぺらい音と
綺麗に並ぶ印刷の文字が好きだった
ちいちゃんのかげおくりは
確か国語の教科書で読んだのだと思う
昭和初期、戦争時代の悲しい話だ
まだ年端もいかない子どもだったわたしに
戦争の意味を深く理解するのは困難で
ただ、かげおくりだけがこころに残り
自分の影を見つめて十数える
それから空を見上げると
影が白く抜かれて空に上がる
友だちとポーズをとりながら
一人で傍らにぬいぐるみを置きながら
時にはちいちゃんと同じように
家族を呼んで手をつなぎながら
こんなにも青くて広い空の日は
足元に佇んでいる影も濃縮され
よりくっきりとした形の影がおくれる
ひとなつにいくつの影をおくっただろう
友だちと喧嘩して泣きながらおくった自分の影も
走り回るのを無理やりおさえておくった愛犬の影も
煙のように空でかすれているのだろうか
泣いたり笑ったりしながら
それでも繰り返し夏は来る
少しずつ狭くなっていく空を眺めていると
今年もまたかげおくりを思い出し
すっかり大人になってしまった影に目を落とすのだ