甲虫の沈黙
A道化





あなたが始めたわたしを
あなたが終わらせてくれる。と
どこかわかっているわたしの夜は
静かだ


夏よ、あなたが
夜に満ちているよ
夜にこそ誰にも触れられずに
(ひそひそ)
ウィスキーの床で柔かに寝転ぶように
わたしの夜にあなたが満ちているよ
そこらじゅうに満ちるあなたのここ、を
耳から首というようなところ、を
探り当てて甘噛みすれば
ああ、樹液だ
どくどく、動脈をゆく樹液だ
その脈拍に合わせてわたしは
どくどく、どく
沈黙、して


ねえ、何度夏の朝が来ても
もう、なんの朝が来なくても
もとより鳴くことを知らぬわたしの体には言葉もなく音もなく、ただ
八月の日に焦げて焦げて、焦がれれば焦がれるほど黒色の艶を帯び
噛みついて吸って吸って吸い尽くすこと願ううちに、致命的に
沁みついてしまったひと夏ぶんの樹液の香りを、ただ
あなたの名前から連想できるその香りを、ただ
甘く、重く、音も無く
漏らすだけで
ああ
体中から漏れるその香りで泣くように
その香りで打ち明けるように、して
夜はウィスキーよりも甘く、重く
音も無く


あなたが始めたわたしを
あなたが終わらせてくれる。と
ひとしずくも疑わぬすべての夜が、もう、ずっと
静かだ


2009.8.7.


自由詩 甲虫の沈黙 Copyright A道化 2009-08-08 01:36:03
notebook Home 戻る  過去 未来