帰京前夜
北村 守通

期講習では立ちっぱなしなので、足の裏が痛くなる。
クーラーが直撃する場所に教壇があるので、時々おなかが危うくなる。
ので、理由をつけて教室内をあちこちと動き回る。
やっぱり足の裏は痛くなる。

最近の子供達は、あんまりノートをとってくれない。
ノートをとる子はとっている。
いや、黒板に描いたボクの字が、あまりにも芸術的過ぎるものだから本来の目的である意思の伝播の為には機能していないからなのかもしれないが。
 ノートはとらなくても、ノートにせっせと綺麗なイラストを描いている子はいる。黒板にバカボンのパパの絵で対抗する。仮面ライダー一号の絵は不評だから描かないようにした。

ボクの正面にまだ黒板があったころ
同じ教室で同じ黒板を上目遣いにながめていたころ
目の前に広がっていたのは果てしない緑の平原で
様々な世界から勧誘がかかっていたが
その甘いささやきの美味しい部分だけが全てだと思っていた。
生徒達の居ない間に
隠れてこっそり座席に座ってみると
輪郭のない先生達の講義が始るのだが
集中して聴けないでいる。
自分の座席の位置も忘れてしまったが
ノートをとらなくてはならない、ということだけは
習慣的に覚えているようで
荷物がないにもかかわらず
鉛筆を持っていないにもかかわらず
手の位置が小さな机の上にあって
それもしっかりと鉛筆を握る形になっていて
笑う

窓から見る風景は
多分変わったはずなんだけれども
輪郭がないものだから
どこが変わったのか認識できないでいる
角の喫茶店のお姉さん的お母さんは
もうすっかりとおばあさんになったのだろうか
麻雀ゲームはまだ生きているのだろうか
グラディウスをさんざんやったが
いつも二面で終わっていた
おととしくらいだったろうか
初めてモアイのステージを突破したが
それは私ではないことに気付き
悲しくなったことを思い出した
ゲームのパネルがやけに小さく感じた
教室は小さくなっていた
黒板用の巨大なコンパスや三角定規は埃を被っていた
世界は収縮し
空間が押し迫ってきていた
分子間引力を感じられるほどに

宇宙は収縮していたのだ



もうすぐ
東京に帰るはずだ
新宿のションベン臭さが漂ってくる
ネズミの肉を使っていると噂されるほどに
脂ぎって獣臭かったジャンボメンチの臭いが
口の中に広がる
統一感のない畑の風景が車窓から拡がる
街角で売られていた
オロナミンCの瓶に入った謎の物質は
今も頑張っているんだろうか
引き込んだものの
財布を手にとって確認した後に
深いため息と共に
今後街をぶらつく際の注意事項について
親切丁寧に講釈してくれた
頬の陥没したおじさまは
今も達者に暮らしているんだろうか

私の知らない人達の
集まりは
営みは
やはり
私が知らなかったままに
そこにあって
やはり私とすれ違い
それでもその距離が
徐々に縮まりつつあることを認識しないままに
あるのだろうか

世界は収縮している
分子間の引力を肌に感じることができるほどに

宇宙は収縮していたのだ


自由詩 帰京前夜 Copyright 北村 守通 2009-08-04 15:47:14
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