邂逅
熊野とろろ

十九歳だった
おれの周りを浮遊するものがあった
殺意だった
おれは恋人を友人を家族を学校を大人たちを
すべてを殺したくて仕方がなかった
ただの殺戮じゃ飽き足らない
何度も何度もナイフで突き刺し
血を垂れ流したまま
あらゆる街路を引き摺り廻してやりたかった
その光景を想像すると
戦慄するとともに
薄笑いが込み上げてきた
同時におれは無力だと知った
ティーンエイジャーの弾けるような若さの力は
おれには一切無縁のことのようだった



あの時も似たような気持ちで
駅の構内を歩いていた
腹立ちが治まらず
一服の煙草吸いたさに歩いた
おれは他人と戯れ合うのが好きではなかった
電車に乗る時も誰とも遭遇したくないと
いつも思っていた
そういった感情のなかでは
幸運にも誰とも遭遇しなかった
おれは喫煙スペースと書かれ
縦長の灰皿が置かれているところで
ベンチに坐りメンソールの煙草を吸った



何台も何台も電車が通過していく
この駅は行き先が分岐するので乗り換えが多く
人が幾度も行き替わる
ハイヒールが階段をコツコツ昇る音がする
電車が到着するたび熱風が吹きつける
おれはじりじり焦がれる真夏の空を見上げ
自分までもこの灼熱に蒸発してしまう気がした

「兄ちゃん、火ぃ貸してくれや」
蝉の鳴き声に埋もれ一瞬ひとの声とも判別出来なかった
振り返ると全身が鉛のような初老の男が立っていた
まだ日も翳っていないのに すでに酒が臭う
おれのライターでその男は煙草に火をつけ
鉛のような身体の 同様に鉛のような眼球で男はおれを見ている
金縛りにあったかのごとくおれの身体は硬直していた



浅黒く鉛のように黒光りする皮膚から
真っ白な煙を吐き出して男は語り始める
「お前はこれから二人の人間に出会うだろう
 そのどちらかにお前はついていくことになる
 その選択が人生を大きく変えるのだ」
男は自らのことは何も語らなかった
一服の煙草を吸い終わると太い親指で
火種を揉み消し のろのろと去っていった
男が易者なのか当時メディアで取り上げられていた
スピリチュアル・カウンセラーの類いなのか
判らなかったが おそらくどちらにも該当しないだろう
ただのふらふらしているアル中の男だ
よくいるアル中の戯れ言に過ぎない
しかしおれは男の言葉がこびりついて離れなかった



三年の年月が経過した
二十二歳になっていた
自分なりに精を尽くして生きてきたつもりでいたが
ことごとくが空回りしだしていた
斯くしてジリ貧の生活をしている
メンソールなど高価で吸えない
180円のエコーを吸っている
花火の薫りがする 美味いわけがない
朝起きて途端に吐気を催すのはこいつの所為
身体的にも決して健康的とは言えない
それでもアルコールは一切含まない
どうやらダメになってしまう体質だと判ったからだ
おれは今日も歩き これからも毎日歩くだろう
あの男の言う二人の人間にはまだ出会っていないはずだ
鉛の男の言葉を反芻する
しかし依り掛かって生きていても良いわけがない
未だ殺意はあてなく浮遊するまま
確かにおれの周りに在る






自由詩 邂逅 Copyright 熊野とろろ 2009-08-02 11:29:14
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