邂逅
熊野とろろ
十九歳だった
おれの周りを浮遊するものがあった
殺意だった
おれは恋人を友人を家族を学校を大人たちを
すべてを殺したくて仕方がなかった
ただの殺戮じゃ飽き足らない
何度も何度もナイフで突き刺し
血を垂れ流したまま
あらゆる街路を引き摺り廻してやりたかった
その光景を想像すると
戦慄するとともに
薄笑いが込み上げてきた
同時におれは無力だと知った
ティーンエイジャーの弾けるような若さの力は
おれには一切無縁のことのようだった
*
あの時も似たような気持ちで
駅の構内を歩いていた
腹立ちが治まらず
一服の煙草吸いたさに歩いた
おれは他人と戯れ合うのが好きではなかった
電車に乗る時も誰とも遭遇したくないと
いつも思っていた
そういった感情のなかでは
幸運にも誰とも遭遇しなかった
おれは喫煙スペースと書かれ
縦長の灰皿が置かれているところで
ベンチに坐りメンソールの煙草を吸った
*
何台も何台も電車が通過していく
この駅は行き先が分岐するので乗り換えが多く
人が幾度も行き替わる
ハイヒールが階段をコツコツ昇る音がする
電車が到着するたび熱風が吹きつける
おれはじりじり焦がれる真夏の空を見上げ
自分までもこの灼熱に蒸発してしまう気がした
「兄ちゃん、火ぃ貸してくれや」
蝉の鳴き声に埋もれ一瞬ひとの声とも判別出来なかった
振り返ると全身が鉛のような初老の男が立っていた
まだ日も翳っていないのに すでに酒が臭う
おれのライターでその男は煙草に火をつけ
鉛のような身体の 同様に鉛のような眼球で男はおれを見ている
金縛りにあったかのごとくおれの身体は硬直していた
*
浅黒く鉛のように黒光りする皮膚から
真っ白な煙を吐き出して男は語り始める
「お前はこれから二人の人間に出会うだろう
そのどちらかにお前はついていくことになる
その選択が人生を大きく変えるのだ」
男は自らのことは何も語らなかった
一服の煙草を吸い終わると太い親指で
火種を揉み消し のろのろと去っていった
男が易者なのか当時メディアで取り上げられていた
スピリチュアル・カウンセラーの類いなのか
判らなかったが おそらくどちらにも該当しないだろう
ただのふらふらしているアル中の男だ
よくいるアル中の戯れ言に過ぎない
しかしおれは男の言葉がこびりついて離れなかった
*
三年の年月が経過した
二十二歳になっていた
自分なりに精を尽くして生きてきたつもりでいたが
ことごとくが空回りしだしていた
斯くしてジリ貧の生活をしている
メンソールなど高価で吸えない
180円のエコーを吸っている
花火の薫りがする 美味いわけがない
朝起きて途端に吐気を催すのはこいつの所為
身体的にも決して健康的とは言えない
それでもアルコールは一切含まない
どうやらダメになってしまう体質だと判ったからだ
おれは今日も歩き これからも毎日歩くだろう
あの男の言う二人の人間にはまだ出会っていないはずだ
鉛の男の言葉を反芻する
しかし依り掛かって生きていても良いわけがない
未だ殺意はあてなく浮遊するまま
確かにおれの周りに在る