帰路の夕立
照留 セレン

ふと 涼しくなった
黒い雲の懐から
葉をゆすり 瓦を撫で 雨は静かに下りてくる

傘を傾け 空を見上げたその時
指揮者の棒に合わせたように
フォルテッシモの雨が降る
川は色を変え
ベートーヴェンの運命のように轟々と

私は傘を目深に差して
空も見ないで早足で
水の雫を跳ね上げながら急ぐ

けがれた空気を
すっかり綺麗に洗ってしまうためには
これほどの水が必要なのか

溝は川になって
小さなサンダルの片っぽを運んでゆく
桃色のビニィルは濁流に飲み込まれ
目の届かぬ所に消えてしまった

家に駆け込み 戸を閉めたその時
指揮者の合図に応えるように
デクレシェンドして雨は止む

風が吹き日が射して
空が晴れ渡ると

庭の木々は一斉に
雫を落として拍手した


自由詩 帰路の夕立 Copyright 照留 セレン 2009-08-01 16:48:14
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