夜の江ノ電
服部 剛
ふみきりよ、ふみきりよ
無言で開いて直立する
縞々の柱に付いた
夜道を照らす、照明灯よ
ショパンの幻影が弾くピアノを
イヤフォンから聴いては
何かを夢想するように
夜道を歩く散歩者を
何故にあなたは照らすのか
まるで宇宙の片隅に浮かぶ
あの丸い舞台に立つ
たった独りの
道化師じゃないか
狭い駅舎の片隅で
恋人達の密かにふれあう
ベンチを横切り
ホームの暗い端へと歩く徘徊者の方へ
夜の江ノ電はやって来る
闇の線路の向こうから
灯りをひとつ、光らせて
ゆっくりとホームに滑り込み
私のような者を乗せ
何故に明日へと、運ぶのか
江ノ電よ、江ノ電よ
民家の合間を抜け出して
月明かりの照る海沿いを往く
時間の無い列車よ
運転席には今夜も碧い瞳の車掌がひとり、立っています