腹痛
敬語
糞のような上司に扱き使われ、糞のような後輩に罵られながらの仕事を終えた僕は、朦朧とした意識の中で帰宅した。
霞んだ視界の中で、世界が僕を嘲笑っている。
絶え間ない幻覚と込み上げてくる吐き気を和らげようと薬を飲んだはずだったが、間違えて結婚指輪を飲み込んでしまった。
あぁ、哀れな結婚指輪。
だから、僕は指に填めたくないと言ったのだ。
だから、僕は家に置いておこうと提案したのだ。
しかし、あれを無くすと妻が恐い。
仕方なく僕は机にあったナイフで自分の腹を裂いた。
ずぶずぶと。ずばずばと。ぐちょぐちょと。
しかし、裂けた腹からは何も出てこない。
指輪も臓器も、肉も血も。そう、なにもかも。
不思議に思った僕は裂けた腹に手を入れ、中を探ってみる。
がさがさと。ごそごそと。ぐちゅぐちゅと。
しかし、そこには何も入っていなかった。
指輪も臓器も、肉も血も。そう、なにもかも。
おかしいな。
おかしいな。
おかしいな。
なんでだろ。
なんでだろ。
なんでだろ。
すると、答えの出ない自問自答をしている僕にナイフが話しかけてきた。
お前ごときに分かる訳ないだろ、と。
何故かと聞くと、ナイフは不適に微笑みながらこう言う。
だってお前なのだから、と。
それを聞いて僕は微笑む。
あぁ、正しくその通り。
だって、僕だもの。他ならぬ僕だもの。
そうこうしているうちに寝室で寝ていた妻が起きてきて、何を騒いでいるのかと聞いてきた。
僕はなんでもないと言う。
ナイフは僕の腹には何もないと言う。
それを聞いた妻は僕の腹を眺める。
そして、
あら。まぁ。何もないわ。と呟いた。
さらには、
最近、収納スペースがなかったから助かるわ、とまで呟く。
それを聞いた僕はこう漏らす。
おかしいな。
それを聞いたナイフはこう正す。
おかしくはない。
それを聞いた妻はこう締めくくる。
おかしいかしら。
そして満タンになるまで鍋や薬缶を詰め込み、妻は満足して寝室に戻っていった。
僕もそれに習い、手に持っていたナイフを腹の鍋と薬缶の隙間に詰めて、ソファーに寝転がった。
何故か、お腹が痛い。