不在の時代
モリマサ公

2004apr/nov diaryより抜粋及びリミックス
2009年07月22日16:37

不安の話をしよう。たくさん
まず正確に今の状況を逃げずに。正確に。

身体化されていく運命
ポエムという名のシューティングゲーム
ターゲットイコールオーディエンス
不揃いな物たちのたもつ引力
過去はネガのアーカイブ
肉体に耳を澄ます
コトバたちの安全装置を外して
おろかさそのものがエネルギーだということ
自分を知ろうという力
他人にも存在するそれぞれの時間について考えていく
日々
「この会場には5キロのプラスチック爆弾がしかけられている
もし私の要求がかなえられなかった場合
ここにいる全ての人質が死ぬ
すみやかにヘリがこないかぎり
人質が死ぬ
人質が死ぬ」
生き残った赤ちゃんたちは
人殺しがチョー好きな子と
チョー悪いってわかってる子と
てゆーかなにが?
って子に別れたけど
どれも被害者であり加害者にならないという事は無い
常に我々は被害者であり
加害者である
我々の輪郭のもつ観念そのものの精神は共通
ここにいるみなさんこんにちは
麹町学園女子中学校2年のモリマサコです
14さいです
不登校です
コミケにいってます
毎日死にたいです
ここにいるみなさんこんにちは
女子美術短期大学1年生のモリマサコです
19歳です
不登校です
もうコミケにはいきません
ソープでバイトして一回一万で一日10万かせぎましたが
一週間でやめました
毎日誰かが死ねばいいと思います
ここにいるみなさんこんにちは
プロスノーボーダー一年目のモリマサコです
29歳です
毎日生きているのがたのしいです
ここにいるみなさーんこーんにーちはー!
小菅刑務所にいる夫と半年前に協議離婚が成立したばかりの
モリマサコ36歳です
今娘は3さいです
鬱病と不眠症で現在闘病中です
毎日誰かが生き返ると思います
「昔は文化を創るのは金持ちだったんだけど
今文化を創るのは貧乏人です」
ハングリー精神のパワー
人は20分で有名になれる
プンクトゥム→みるものを突き刺してくる力
ストゥディウム→意味として読み取れるもの
「まなざし」=私の中の「他者」を共有するもの
セイムネス
Sameness
「輪郭を流動化させる」→部分的に同じ性質を共有している
日常→ダブルミーントリック
全てにかかるエフェクトの存在
「疑う」ということにたいしての意義
テクスチャーの等価性
ドーナツ状の価値概念→大事なところが見えていない
スピードは私たちにいくつもの呼び名を与えて
私たちは消費されていく
物質は−273、15℃になると
分子の運動が止まってしまう
この温度を「絶対零度」といい
これ以下の温度はない
インターネットには身体化されない平等がある
身長160センチの人が見る地平線までの距離は
目の高さを150センチとすると約4キロメートルにすぎない
そこまでの距離は平等である
宇宙は膨張している
光で観測できる限界ぎりぎりところにある天体が遠ざかる速度はすさまじいものだ
最も遠くにある銀河の後退速度はどんどん速くなり
あるところまでいくと光速をこえて
そこから先は光が届くことがない
私たちにはそこまでしか見えないのでそこを
「宇宙の地平線」という
私たちは自転の上にいる
地球という星の地表にいながらにして
秒速465メートルものスピードで
移動している
TVを見ながら
輸入された価値観で評価されていく
繰り返しの中に埋没してしまう日常の中で
コンテンポラリーもアンデパンダンも
パンダのように色あせている
上野
公園口のハトの群れ
まばたき
する瞬間ごとに
チャンネルが切り替わり
ファミマでニッシンのカップ麺を買い遊歩道で食べる
いつまでこんな元気な日が続くんだろう
私は健康で毎日が楽しい
そして夕方は常になんとなくさみしい
「メディアリテラシー」=メディアのもっている力を検証していく能力
でかいニュースが好きだ
朝から晩まで繰り返しどのチャンネルでもぶっ通しで流れていく現実が愛しい
スペイン/アルタミラの洞窟壁画(最初のアート)
でかけるぞ
サンデー
ファミリーに愛情する快楽の叫び声
落ちてくるローラーコースター
ジェットなアシッド
デジカメ
バッテリー
切り取って
もっと
エンプティー
画像たち
ぶれている
できるだけ事実に基づいて
肉迫して驚くべき真実として伝わるようデフォルメをほどこす
ねつ造して
もっと
プリントアウトして
こっちを向いて
空気に触れて
メリーゴーランド
目が回る
もっと早く
ゆれている
カラーインクをじゅうてんして
アウトプットして
サンプルにして
「悲しんだり痛んだり判断するのは私ではない」
我々は現状を切り取っているのだ
悲しむべきは民衆だ
痛むべきはオーディエンスだ
判断すべきはあなたがただ
私はただ切り取って
それをあなたがたに見せる行為をしている
腕も足も
明日もあさってもみんな平らになってセカイ一面に散らばっている
ソフトエラー=一時的な誤動作
ハードエラー=永久的な破損
電波障害としてのオーロラは各惑星でもみることができる
デジタルがコミュニケートする暴力的なほどフラットなピース
そしてサービス
「すっごくスペシャルでとってもスペクタクル」
「かもね、祈ってみる?」
って速度で
「ここを通ろうという者は一切の望みを捨てよ」
とかかれたゲートをくぐる
リリックとは
この沈み行くセカイのまっ只中で自分自身の没落に気づき
夢の中で「覚醒の夢」をみることだ
セカイのデジタル化
デジタルとはメディア惑星におけるもっともカゲキな平等主義
トータルなコミュニケイション
観客にとって旋律と退屈が一体化された二次元論を超越できる強さが
くるべくメディアアートを可能にする
絶対的他者としての現実セカイ
I am you
I am nowhere
I exist as you
you expose my meaning
I see you
リゾートなムードのカップル
ちんけなカゾク
フットワークを駆使せよ
ALWAYS
you knou
to be cure
well
no ather choice
shot me
Flowting air on tree
しってたくせにみてみぬふりしやがって
no body
時代のサンプルとしてのイメージをもつコトバたち(具体化)のリミックス
我々は自分が正気でいられるのはほんの一瞬であることを知っている。
むしろ狂気に見えるその瞬間に身を投げることを知っている。
奇跡は信じれば起きる
ではどの奇跡を信じようか
どの奇跡を起こそうか
コミュニケイションツールとしてのコトバはもっと注意深く吐かれるべきだ
だからこそ
「てゆーか」をつかい「みたいな」をつかう
なぜなら我々は今をリアルに演じようという切実な希望でもって立ち続けているのだから
決定的なものいいは今まさに明確な嘘だといえるのだから
日常を流し込む痛みのために論点がずれていく
タイミングとセンスの良さ
リズム感
点と面
絶望ってワイルドな希望の事なのかもしれない
プリミティブな希望の事なのかもしれない
「群集心理を利用するには、ある程度危険な状況が必要であることがわかりました」/辛酸なめ子
けがされないものなんて無い
あたしはいつだって本音をいってる
あたしは一つの風景だ
あの時代あの頃にたしかにあったあのゆさぶりだ
あたしには何も守るものは無い
守るものは無いが戦っている
あたしは戦っている
守るべきものは何も無いのに
それはたとえば
コトバに似ている
あたしの知ってるセカイは壊れていくどんどんスピードをあげて
あたしは失われ続ける
それでもあたしは戦っている
それはコトバに似ている
我々という意味で未来は有限だ
人類という意味で誰もが無限では無いという事に気づくとき
我々がコントロールできるのは「ここ」という空間と
「今」という現在だけである
「効果的に見えたりはしないのであれですが安心感はありますよね」
除菌
マイナスイオン
ラブ&ピース
let him go I pic this one
センスとバランスが現在をしのぐマストアイテム
コタエなんて存在しない
あたしはプロセスそのものだ
ハッピーエンドではないが
スタートしたんだったら
やりとげることだ
コタエの無い問題だ

ノーアンサー


不在の時代













   


自由詩 不在の時代 Copyright モリマサ公 2009-07-29 22:49:54
notebook Home 戻る