なくことについて
志賀羽音

 昼間に鳴いた狼は間違っているのだろうか? ぼくは考えた。 昼間に鳴いた狼は遠吠えなのだろうか? もし遠吠えなら、何故昼間なのだろうか? ぼくは、狼が夜に遠吠えをするものだと思っている。夜、仲間を呼ぶために遠吠えをすると。
 昼間の遠吠えは遠吠えではない? ぼくは頭を抱えた。
 遠吠えではなければ、何故狼は昼間に鳴いたのだろうか? 仲間に会いたかったらか? なら夜に鳴けばいい。 寂しかったから? 狼は一匹でも寂しくはないはずだ。
 分からない。そもそもぼくは狼ではないのだから分かるはずがない。 昼間鳴いていた狼が、何故鳴いたのかは狼にしか分からないことだ。 昼間泣いていたぼくが、何故泣いていたのかはぼくにしか分からないように。





( きみの美しい黒の瞳は揺らぎ 短い睫を震わせて 微かに涙を零した 陶器の頬を伝うその涙を ぼくは赤い舌で舐め取る
  きみの涙は聖水のように清らかで ぼくの体に染み込んだ
  そしてまた きみは涙を静かに零し ぼくはそれを優しく舐める

「 もう、オルガンの音は、聞こえない 」

  聖母の微笑みは嘲笑に写る
  ステンドグラスの毒々しい光をぼくらは浴びた

「 もう、きみの声しか、聞こえない 」

  きみの華奢な声は ぼくを歓喜に震わせた

「 もう、鐘の音は、聞こえない 」

  聖母の姿は石像になる
  ステンドグラスは光を/色を失った
  ぼくはきみの声に/白に酔う

  きみの泣き声は 鳥の羽ばたき
  そして讃美歌の如く ぼくに幸福をもたらすだろう )


自由詩 なくことについて Copyright 志賀羽音 2009-07-26 19:10:35
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