俺の中にはもう誰も居ない -ZOMBIE-
ホロウ・シカエルボク




俺の中にはもう誰も居ない、よく晴れた朝に死に絶えてしまった
俺の中にはもう誰も居ない、毒の流れ込んだ湖みたいに
跡形も残らず死に絶えてしまった
俺の中にはもう誰も居ない、バクテリアどものパターンのように
幾つかの秩序がだらだら繰り返される
俺の中にはもう誰も居ない、暗く湿った午後に死に絶えてしまった
指先で掻き回してももう何も出てこない
形すらない死体の群れを見たことがあるか
腐食すら許されない、白紙のような死体の群れ
蒼く醒めた海岸に降り注ぐ、得体のしれない
理由のない空気のように降り注ぐ死体の群れ
俺は黙っていた、言葉にするとそいつらが溢れてくるから
廃棄物のように俺は沈黙していた
ただ時間だけが他人のように淡々と流れていた
春のうららかに阿呆のようにくたばり
夏の熱風に焼け焦げてくたばり
秋のメランコリックに精神を病んでくたばり
冬の寒さに芯まで凍えてくたばった
俺の中にはもう誰も居ない、俺は湾曲したプログラムのひとつの記号に過ぎない
俺の中にはもう誰も居ない、その中の真意をお前のそばで曝すわけにはいかない
俺は幾千の死の記憶によって出来た開かずの踏切の陽炎なのさ
日常的なチアノーゼを抱えて過ごしているうち
新鮮な空気に異物感を感じるようになってしまった
よく晴れた空、爽やかな風、真白な雲、そんなものに
窓辺に釘をやたらに打ちつけて、ひび割れてゆくプラスティックの最期を眺めていた
俺の中にはもう誰も居ない、不詳の夜にみんな死に絶えてしまった
電話帳でも住所録でも開けて確かめてみるがいい、そこに書かれていたはずの名前はすべて消し去られた
俺はもはや死体が詰め込まれた薄皮の袋に過ぎない
肌が壊れてしまったのは飲み込んできたもののせい
口が歪んでしまったのは隠してきた言葉のせい
爪が尖ってしまったのは床に刺した憎しみのせいさ
俺の中にはもう誰も居ない、取り消し自由だ、もうもはやすべて
谷から投げ捨てるみたいに万事塗り変えてしまおう
時間をかけて造り上げてきたものなど
一瞬の隙で壊れる
蓄積だけを信じたりしない
地層から読み取れるものは過去に蠢いて居たヤツのことだけ
誰かが間違えて投げ込んだニュースペイパーに
洒落た名前のスペースシャトルが月へと飛んだと書いてある
パイロットのことが気の毒で仕方がない、そいつが
帰ってきてから眺めざるを得ない景色のことを思うと
遠い昔、俺のもとから
帰れないところまで飛び立っていったヤツも居たっけなぁ
俺の中にはもう誰も居ない、どうぞお好きに探して御覧
逆さに吊るしたり、腹を開いたり
頭蓋骨を割ったりして心ゆくまで探して御覧
俺の中にはもう誰も居ない、俺は生命の根源へと戻って
アメーバのように記号的に増え続ける
その先端をお雨にも見せてあげよう
来い、来い、来い、来い、この先端をお前にも見せてあげよう
来い、来い、来い、来い、目にしてみなくちゃ始まらないぜ
俺の中にはもう誰も居ない、最も冴えたやり方を探して








俺は山ほどの死体が詰め込まれた皮袋になる





自由詩 俺の中にはもう誰も居ない -ZOMBIE- Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-07-24 19:47:53
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