八月のミックスジュース
狸亭
舞台の中央には透明な攪拌機がありまして
僕によく似たピエロが登場します
ピエロは無言で虚空を凝視めると
両手をひらひらさせて様々な八月を取り出します
粗末なリュックに詰め込んだサツマ芋
疎開先の埃っぽい田舎道
ラジオの前に群れている大人たち
海辺
軒の低い民家の葦簾張り
晴天の浜を走る少女の褐色に光る脚
渓流に浸した面に映る鯰の巨大な髭
従兄弟とその仲間の悪童たち
銛の光りのように流れてゆく一日
海の見えるヴェランダに面した机の上
『純粋精神の系譜』の未だ読んでいない
眩しい頁
蜜とミルクの流れる土地に流れる血
街を行く男たち女たちの彫りの深い顔
銃声 爆発 酒 煙草の煙 危険な恋
市民プールへ近道できる森の道の緑の匂い
子供たちの手に手に溶けてゆくアイスキャンデー
泳いだ後の気怠い体
背に冷たい夏のオンドル
せまい窓から見上げる青い空 流れる雲
むなしさ かなしさ よろこび
椰子の葉繁る熱い国
異国の夏のドラマ再び
空港で起きた大統領候補射殺事件
旅の終わりの日 深夜襲い来る罰
心筋梗塞
肩甲骨から拡がり深まる痛み 救急車 入院
それら全てを攪拌機に放り込みます
「時間」を加えつつ釦を押すと
様々な八月はゆっくりとまわり始めます
さて皆さん調味料は「時間」と「記憶」だけ
お味は如何ようにもお好み次第
今流行の果汁10パーセントから一〇〇パーセントまで
絞り出されてくるミックスジュースはすべて
八月の味