セバスチャンと一緒
佐野権太

あんドーナッツを
ためて、ためて、投げあげて
放物線の落下する地点まで
走って、セバスチャン
つぎつぎと走って
受け止めて
全部くちで
そういう無意味な訓練を
たくさんして

*

セバスチャン
紡錘形のレモンの
空中に止まった一瞬を
インターセプトして
大事そうに抱えて
ラインをめざして
途中で気づいて
レモンに呆然として
齧って

*

セバスチャン
細い糸で均等に分裂して
胚細胞の成長の過程よ
さんじゅうにぶんかつ
ろくじゅうよんぶんかつ
もうやめて
気持ちわるいわ

*

セバスチャン
一日中雨なんて退屈ね
ゆりかごを唄って
私が初めて笑ったときの、あの話を
まだ世界が
小さな部屋だったころの

*

セバスチャン
私のクローゼットの奥は
時の扉なの
ぜったいに秘密よ

しっ、誰か来るわ
きっと、私たちよ

*

セバスチャン、眠れないわ
竹細工の籠に
小豆を平たく転がして
そうして
さざ波をつくって
こぼさないように
ほら、もう
海がばらばらじゃない

*

セバスチャン
このあいだのお見合いの話
どう思う?

そういうの
慇懃無礼、って言うんだわ
あー、世の中が全部
セバスチャンだったらいいのに

*

わたし逃げるわ
どこまでも
足の短いキリンにのって

セバスチャン
あなたは後ろから
ゆったりとした大股で
鉄塔のようにやってきて
追い越しても振り向かず
夕日に立ち止まって
そうして
骨組みだらけの背中に
うす赤い蛍光を点滅させて

あなたのそういう叱りかた
嫌いじゃないわ







自由詩 セバスチャンと一緒 Copyright 佐野権太 2009-07-23 10:49:14
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