夏をかう
木屋 亞万

裏庭で夏が入道雲を浮かべている
昔ながらの夏だから雲にも貫禄が出てきた
そろそろ伸び過ぎた部分を刈らなくてはならない

夏を見るたび、思い出すことがある

昔はどこも夏しか飼わなかった
父は私が幼いとき、
「秋や冬は乱暴過ぎて手に負えない
それに春はかわいいが繊細で育てにくい
すぐに死んでしまうよ」と言っていた

そんな時代も遠く過ぎて、さまざまな季節が人懐っこくなって
一般家庭の裏庭に飼われるようになった
昔は家庭で育てにくかった冬型の気圧配置も
品種改良を重ねてずいぶん間抜けな体型になった
秋の紅葉刈りのバリエーションも増え、
トイカット紅葉が現在の主流となっている

お隣では綺麗な青空が
黄金色の黄昏を華麗になびかせている
我が家の夏は夕立がてら植木に水をやり始めている
近所の季節園の目玉だった台風が、街に逃げ出して、
一般家庭の夏を暴走させているという話を聞いていたので、
今年中学に入ったばかりの長男が庭に出て、しっかり雲を見守っている

妻が息子の友達の母と電話をしている
話題は夏バテした冬将軍をどう安く世話するかの話らしい
北風小僧と一緒に育てると良いらしいと妻が言っている
「うちもね、そろそろ新しい季節が欲しいんだけど」と
こちらに視線を送ってきたので
私は気付かぬフリをして、雷起こしに意識を集中させた

ばしゃばしゃと音がして、大黒柱を流れる滝に
裏庭で飼っていた、つがいの鯉が登っていくのが見えた
ついに屋根まで登りきって、赤と黒の鯉のぼりになったようだ
窓の向こうをつがいの竜が泳いでいった
これからは二頭、瓦の波を押しのけるように生きていくことだろう

ひとしきり発電作業を終えた後、庭に出ると
疲れた様子の夏が裏庭で凪いでいた
お前も年を取ったなと言いながら
ぷつりぷつりと蜃気楼を剪定していった
隣で息子も見よう見真似で剪定鋏を動かしている
「死なないよね、夏」と息子は言った
夏は涼しい風を一つ寄こして、また凪いだ

隣の庭の夕焼けを眺めると、
夕陽に向かって竜の群れが飛んでいくのが見えた

「人間よりは長生きするさ」と呟いて、入道雲を抱きしめると
台風が無事保護されたという風の噂が聞こえてきた


自由詩 夏をかう Copyright 木屋 亞万 2009-07-22 23:03:02
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