賞味期限(改)
伏樹

昔、好きだった誰かがそう望んだ先に
今の私があって
そう、そのまま生き続けただけ

「もしもし、もう時は変わっていますよ」

人通りの多い道に置かれた自販機で、その言葉は買えた
同じような味が温かさと名前だけを変えて
私の方へと急いで駈けてくる

「当たり」という非日常を望んで自販機の前で立ち尽くし、
28℃の快晴の下、一本のままのホットココアを飲む。
ホットココアは、ラベルに「Hot Cocoa」と書かれていなくても
触れれば熱いし、飲めばココアだから、本当は名を名乗る必要はないのだろう
だけど私は、触れられても舐められてもきっと何も分からない


 ここの部屋が誰のものかなんて知らなかったし
 豆電球すら灯されないから私も男も輪郭が溶け出していた
 ただそれは偶然ではなくいつもで

 「   」

 花の名前、男にとっての最低限の私を耳元で小さく囁くと、季節ハズレだよと笑われる。
 大概いつもこうやって誤解されるけど、その方が良かった。
 旬の花じゃ、あからさますぎるからとまるで照れたような口調で返した。


口をつけたココアを放っておいたら、一日で何か黒い固形物が浮かんでいたけど、
ラベルは「腐ったホットココア」にはならないのが当たり前。
まだ君の見かけは私が好きなココアのまま、そのまま。


 表情など見えないようにとカーテンを引きに行く
 窓辺には花瓶と決まったように置かれ、刺されている花はいつも違った
 
 用事が終わりそうになる頃には、やはり白い壁の肌には染みがうごめいていた。
 この影を拭うために何枚ものカーテンを既に引いていた。


自動販売機の周りで季節が踊っている
人気のないここだけは、冬が過ぎてもホットココアが売られる
「そう、まだ春じゃないよね」
ただ言い聞かせていた。
そうすることが私を私のように生かし続けている、と
本当は、そんなことはひどい思い込みだと分かっている

人差し指がホットココアのボタンを押す
何故かは知らない
   

  ところで何故「   」なんだい
   
  答えもせずに、部屋をでた。
  私のラベルに何も書かれないように、透明なラベルを何重にも巻き付けていた
  
  群青に照らされた帰り道を下を向きながら歩いていると、
  いつの間にかいつも、「時間を戻して下さい」と悲劇的になった妄想の中で頼んでいる  
  神様はいつも、こんな暗い所にしかいない
  
変わらないもの、とは良く言うけれど
自動販売機の商品は変わってくれないとどうにも購買意欲が下がってしまう気がする。
嗜好品はつねに変わり続けていて、
そう望まれた先の分だけ「これがホットココアです」

急いで変わらなければいけない、そんな意識だけが強く、ここに、
そしてどこにでもあるのが日常で、
  

  かみさま
  私はもう何が好きなのかよく分からないのです
  昔好きだったものも何でと言われたらうまく答えられないし、
  だから今新しく探しているんです、考えているんです、それだけなんです


冬が過ぎたなら、「Hot Cocoa」からHotを除けばいい
そうやって望まれる嗜好品も変わり続けて、
そう、そのまま変わり続けていっただけ


  そのまま変わり続けられる程に、
  私のラベルは私には見えないんです


自由詩 賞味期限(改) Copyright 伏樹 2009-07-20 03:35:29
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