土星さんの帽子
角田寿星


夏至祭の夜はちょっと冗談じゃすまされない
めくるめくまばゆい星空で
あちらこちらで星タバコの煙がたなびいて
あたしは楕円形の星座早見表を片手に
例年どおり田んぼのあぜ道で
偶然を装って土星さんを待伏せします

やっとあらわれた土星さんは
自慢の帽子を目深にかぶって
ふわふわ浮いてて
でも足は田んぼの泥だらけで
たくましい二の腕が陽に焼けてて
土星さんは星をみるのがとっても好きで
こんなに明るい白夜だと星がみえないね と
さわやかに笑います

あれほど星がまたたいてたのに
土星さんのいったとおり太陽が沈まなくて
きいろい闇は一瞬でしろく早がわり
面喰らったあたしは
こんばんは 精いっぱいの笑顔でつきあって
土星さんのほんとの顔は帽子の広いツバの翳でわからなくて
あたしも星をみるのが好きよ とつぶやきます

土星さんの帽子は立派な縞模様
広いツバも立派な立派な縞模様
だれもが土星さんの帽子に夢中でほしがってさわりたくて
だから夏至祭の夜空は飛び交うロケットの火花でいっぱいだけど
土星さんはどこ
きいろい闇みつからない
土星さんの帽子にホタルがとまってつるっとすべって転んで
土星さんとあたしは手をつないであぜ道を歩いていきます

あたし土星さんが好き あたししあわせだわ
土星さんのあたたかい手のひら握りかえす
いくつもの火花や紫煙が夜空をいろどって
土星さんの笑顔が好き たくましい腕が好き
土星さんの帽子が好き 帽子の土星さんが好き
かがみこんで土星さんのほんとの顔をのぞきたかったけどできないで
白夜のみじかい恋は
もうすぐおしまいです
おわかれの時刻です
夏至祭のおおきな扉が開きます

いっておいで こころだけで
やさしかったあなたのたいせつな人たちに
よふけの窓をノックして 涙をふいてあげて
さびしいさびしい道をずっとひとりで歩いてきたあなただから
いきもかえりもこわくなんかない
エンキドさんもナミさんも見守ってるよ
でもうしろの正面ふりかえっちゃだめだよ
ではいっておいで よい逢瀬を

売られてクスリ漬けにされて
骨まで灼かれたあたしの
かえる場所はもとよりどこにもなくて
それでも毎年のこのこやって来るのは
ただただ土星さんに逢いたいからで
そんなことはとても言えなくて
ぽろぽろ涙がとまらないで
土星さんの帽子あたしをぎゅっと抱きしめて
土星さんやさしくてあたしますます泣けて
土星さんのほんとの顔やっぱりわからなくて
さよなら いってきます
やっとの思いで声しぼり出した
あたしは
もう忘れなくちゃいけないのでした


自由詩 土星さんの帽子 Copyright 角田寿星 2004-09-05 16:10:03
notebook Home 戻る  過去 未来