不眠症のうた
遊佐



寂れた港町に居る
風が唸りを上げて
右の窓から
左の窓へと
飛び込んで来ては抜けて行く
部屋には何も無くて
退屈さえも無くて
何もない部屋の隅っこには無気力だけが転がっている
みんな、風が運んでしまった

海は遠い、とても遠い
歩けば3分程の距離だけど
船は錆びたまま
陸の上で眠らずに
ただぼんやりと昔を見つめている

正午と
午後5時と
午後9時に
時間を知らせる町内放送がある
台風の日にも休まずに時を知らせてくれる
帰りたくない子供達にも時を知らせてくれる親切な町

右隣の部屋の兄ちゃんは年老いた母親に
首を吊れ
今すぐに首を吊れと罵りながら
真夜中に時々暴れる
でも誰も警察に通報しない
朝になれば兄ちゃんは何事もなかったかのようにパチンコ屋に出かける

左隣はカラオケ喫茶で懐かし過ぎる名曲の数々を
爺さん婆さん達が巧く音を外して聴かせてくれる
外で会うと、皆挨拶をしてくれる
歌声は凶器だけれど、根はいい人達だ

不意に死にたいなんて思う時があり
このまま死んでしまおうかなんて思う時がある
そんな時に限って
腹が減ったりして
そそくさとラーメンを作ったりする
お腹はいつも正直者だ


僕は何故此処に居るのだろう
此処より素敵な場所は沢山あるのに
そんな事を考えながらまた夜更かしをする
でも本当は何も考えてなんていなくて
ただ眠れないだけの毎日で
所謂、不眠症ってやつ

夜が好きだ
とにかく夜が好き
特に皆が寝静まった真夜中がいい
午前3時位の静けさが丁度いい
暗さもいい感じだし
誰にも会わなくていいから
日付が変わる前には眠ってしまう
そんな町に住んでいる

来年も此処にいるかどうかは分からない
去年も同じ事を考えていたから
多分、来年も此処で暮らすだろう

同じ風景
同じ毎日
代わり映えのしない日々を過ごして
ただ一つだけ違うことがあるとすれば
一つ歳をとると言うこと位で

それはつまり
削られると言うこと。





自由詩 不眠症のうた Copyright 遊佐 2009-07-10 09:38:23
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