( もうひとつの世界 )
服部 剛
深夜、スタンドの灯りの下で
古書を開き、ふと顔を上げれば
暗がりから、祖母の遺影が微笑み
隣には、先月三途の川を渡って逝った
富山の伯父の葬儀に行った
お礼に贈られた
金箔に桜の散る柄の時計が、秒針の音を刻み
和室の隅に
祖母の弾いていた三味線は
木乃伊のように包まれて
立棺に納まり、いつまでも沈黙している
( 扇風機の風に、掛軸に飾られた
水彩画の花々が、何かもの云いたげに
一瞬、ふわりと浮き上がる )
そうして何時かすべての者達は
( ものの世界 )へ入ってゆく
夜空に埋れた満月のように
墓石に埋れた眼球のように
姿を隠した( もう一つの世界 )から眺める
在りし日の人々
地上に残された者達は
視られている者達は
やがて
深夜に身を置き
絶え間なく鳴り響く
自らの鼓動に、包まれる