柊 恵

朝靄の折々重なり薄紫に

ほのかに明るく心地よき

香りいづこより聴こゆ


水音の感ありて

寄れば俯く人影は

ゆるり振り向き穏やかに

微笑みたたえる女貴人の

後背の一段明るき際ありて

しづかに放たれる眼光の

想いを窺う能はず


ぬしよ

伝うべきあり

其が息子を之に迎え

此の河の渡し舟に載せ

凡に還す


期を早めたるは彼の罪なれど

因はぬしにも有れば

ただ其れを奪うも酷なり

如何を申せ


悪しきとも吾子なれば

因の吾に帰す有れば

神罰の要は吾に在り

元より

親に先立つは孝に在らじ

其れを許すは人に在らじ

死神の息子に向くなれば

吾、鬼となり子を護もらん


然り…

ぬしの命その息子に継ぐ

一度、会うことを許す

ただし

何も話してはならぬぞ


おい、女

よいか、

妻は舟に乗せるな


ぬしよ安ぜよ

我は死神…命を粗末に奪いはせぬ


水面に浮かぶ吾子の寝顔

飛び起き憔悴の色みえて

声なき声は吾を呼ぶ


吾子や

吾子…

健やかに、しあわせに…


吾は凡にて

ぬしを守護せん




自由詩Copyright 柊 恵 2009-07-06 16:14:13
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