生かされて生きる
ばんざわ くにお

皆さんは自分が生きているのは自分の意思で生きていると思っているでしょうか?
実は我々は自分の意思で生きているのではないのです。
その証拠にあなたは自分の意思で心臓を止められますか?
食物を食べた時に自分の意思で胃や腸の動きを止められますか?
私たち生物は自分の意思で生きているのではないのです。
私たちは生かされているのです。
誰に?

それは私たちが何故生かされているかに関係があります。
何故、私たちは生きているのでしょうか?
何の目的で生きているのでしょうか?
幸せになるため?
喜びを感じるため?

誰のために生きているのでしょうか?
恋人のため?
夫や妻のため?
お父さんやお母さんのため?
子供のため?
自分のため?
神様のため?

私たちが生きているのは私たち生物自身のために生きているのではありません。
目にみえぬ小さなもののために生きているのです。
いや、その目にみえぬ小さなものによって生かされているのです。
私たちは生かされるように産まれてきたので生きて行くしかしかたがないのです。
二人の博士によってそれは二重らせん構造をもっていることがわかりました。
進化論の生物の生存機械論では生物は遺伝子が自らのコピーを残すために
一時的に作り出した「乗り物」にすぎない と主張しています。

このような考え方をあなたはどう思いますか?
それは生物学の話であって私たちの日常生活とは関係ない話と考えますか?
それとも基本的な世界観として受け入れますか?
ここには神様はいません。
科学的な真実だけが存在します。
かつての地動説のように。

生物としてではなく、人としての私たちの生きる意味はもともとなかったのです。
そのようなもともとないものをあるものと信じて私たちは求めてきたのだと思います。
私たちの生きる意味は自分自身でつくるしかないと思います。
そして、どのような意味を見出しても自由です。
もともとなかったものですから。

生かされて生きているという考え方は奇妙に宗教の考え方と一致するところがあります。
神様からもっとも遠い考えの基本が神様に近いのは偶然の一致でしょうか?
それとも宗教の開祖の天才達は遺伝子のような生き物達を支配する存在を
感じていたのでしょうか?

生かされて生きている という考え方は現在、私の詩作の基本になっています。
それは宗教的な考えではなくこの生物の生存機械論によるものです。
私の詩で「生かされて生きている」ことの哀愁が表現できたらと考えています。

以上


散文(批評随筆小説等) 生かされて生きる Copyright ばんざわ くにお 2009-07-04 08:55:20
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