ある日の夏、水の爆発
あ。

暑さにうなだれている名も知らない花は
剥がれかけたマニキュアと同じ色をしていた

使われているひとつひとつの配色が
くっきりとしたものばかりなのは何故だろう
まぜこぜしないのがこの季節で
曖昧さを好まないのがこの街なのかな

ペットボトルのミネラルウォーターだけが
唯一色を持っていなくて
透けた液体は染まることなく勝手気ままで
そんなことにふっとこころがゆるくなる

前から歩いてくるサラリーマン
営業の途中かな、スーツが暑そう
ポケットからハンカチを出して額を拭っている
アイロンの線が少しだけ柔らかく歪む
きちんとした奥さんなのだろうね

赤信号で自転車を止める
みぎとひだりの時間も止まる
目の前を通り過ぎる何台もの車やタクシー
運転手の顔などいちいち区別はつかない
表情もひっくるめて流れる風景の一部

止まっている間に喉が引っ付くような乾きを感じ
前かごからペットボトルを取り出す
キャップを開けようとした途端に信号が変わり
みぎとひだりの時間が再び動き始める
流れに乗ろうと慌ててハンドルを握りなおすと
ペットボトルがからからと音を立てて下に落ちた

飛び散った透明はほんのわずか時間を止める
再び動き出したとき、通り過ぎる人に軽くにらまれる
そんな視線をひしひしと感じながらも
コンクリートを黒く染めた液体に動けなくなった

もしかしたらこの水は実は時限爆弾で
役目を終えて燃え尽きて黒く染まったのかしら
梶井基次郎の檸檬みたいな妄想

あのせかせかしたサラリーマンに教えたら良かったかな
教えたところで使わないのはわかっているけれど

うっすら赤い爪をいじりながら思う、夏の午後


自由詩 ある日の夏、水の爆発 Copyright あ。 2009-06-28 23:00:45
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