書かれた-兄
非在の虹

兄は無口になる
暗さが増してくるこの頃
筋肉を持て余し
内部の膨張を持て余し
彼岸花の咲く川べりは
自転車を押して入る
鷺が落ちるように飛ぶ濡れた地帯
自転車を押して入る
彼岸花の咲く川べりは  
内部の膨張を持て余し
筋肉を持て余し
暗さが増してくるこの頃
兄は無口になる

  *

鷺が落ちるように飛ぶ町の上空を
兄は飛べない。
子どもを自転車の荷台に乗せ
川に沿って走った。
自転車は加速する。子どもがおびえる。
日は暮れてゆくが
兄は飛べない。

陽の差し込まぬ部屋で
兄が向こうを向いてうつむいていた。
子どもが近寄ると
兄の背後に蟻が群れていた。

時に奇妙な快活で
兄は子どもに話をした。
川を泳ぎながら
器用に潜り魚を獲った。
その川を泳ぐのは兄しかいない。
そのことが子どもには自慢でもあり
また誰にも知られてはいけないことのように思えた。
兄は奇妙な快活さで
獲った魚の話を子どもにした。

時に不測の不機嫌で
兄は子どもにあたった。
兄の投げた模型飛行機の部品が
子どもに飛んで来た。
部品は足をかすめただけだったが
子どもは泣き出した。
兄の姿がシルエットになっていた

部屋の隅に寝転がって
子どもは雑誌を広げていた。
それは普段読む雑誌ではない。
兄の物なのだ。
気がつくと兄が立っていた。
その顔に笑みが溢れていた。

毎日のように兄は少女と会っていた。
彼岸花の中で。
ある日兄は子どもを連れて少女と会った。
兄には気まぐれな行動かもしれない。
それが少女には不満だ。
すべての原因と結果が兄には理解できなかった。
兄の動悸が速いのを子どもは気づいた。
(こどもは彼岸花となる)

兄が死んだ。
子どもが遊びから帰ると
家族が右往左往しており
兄は死んだと告げられた。
濡れた兄は濡れたまま横たわり
泣く親にしがみつき子どもは激しく泣いた。

足の裏が見える。
子どもは兄の足の裏を見るのは初めてだ。
傷一つない兄の
足の裏だ。

  *

兄は落下する
雨を踵に受けて
兄は落下する
贋の羽さえつけぬ
ずぶぬれの愚か者として
しかし今も兄は誤解している
飛ぶ者になったと

兄が記憶していたすべては砕かれる
兄は記憶される
若い人として
粉々の記憶の破片として


自由詩 書かれた-兄 Copyright 非在の虹 2009-06-23 20:34:23
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