「消夏のとき」
月乃助


思い出は
時に抗(あらが)う逆行性

たった
一文字の喘(あえ)ぎが、
砂時計の上下を違える
するり、と開いた物語の行間に滑り込む
望んでもいないのに
わずかな隙間からむしりとられた
蹂躙(じゅうりん)は、もう壁一面
天井四方さえも覆いつくしている哀惜の鱗模様

嫌になって
消し去ろうと、終わったはずだから

時間を塗りつぶして忘れた
苦い漿果(しょうか)の味
それを一つにした情実は、今またなおさら
成分元素に分解したはずの分子に粒子を、
その狂恋の果実を、唇に
黄泉帰(よみがえ)らす

舌にし
険しく
焦げる
痛みや悲しみから
逃れようと

来ることなどない
消夏の訪れを待っていた


自由詩 「消夏のとき」 Copyright 月乃助 2009-06-23 02:51:03
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