パブリック・バス
百瀬朝子

公衆浴場のぼんやり広がる湯気の中
いろんな裸がごろごろしている
あたしだって そう
ひとつの肉の塊に過ぎない
すべる足元にご注意を――――
それにしてもここの照明は明るすぎます

乳房に抱かれた幼子が
四十一.八℃の湯船の中をじたばたしている
まるで産まれたての赤子のように

小さい男の子がすべって転んだ
尻餅による痛みにひとり耐えています
ここは女風呂 男の子の乳房はどこへ行ったのでしょうか

温泉の備えつけのシャンプーは
髪の毛がごわごわするので嫌いです
リンスー・イン・シャンプーなんて最悪です
どこにリンスーが入っているというのでしょうか
鷺ですか? ? 詐欺ですか? 詐偽、ですね?
ショートカット・ヘアーだって泣き出しますよ
そこであたしは留守になった隣のシャワー台に置き去りにされた
誰かの私物のシャンプーとコンディショナーを拝借します
それにしてもこのコンディショナーは甘ったるい女のにおいが強烈だ
あたしには似つかわしくないにおいだ
せっかく拝借したのだが
その女臭さによって鼻も気持ちも曲がりそだったので
手に取ったコンディショナーをそのまま
黄色い洗面器にためたお湯に溶かしました

排水溝を流れてゆく洗いたてのボディソープの泡を見送ります
幾人分もの汗と垢を含んだ泡たち
一様に決められた出口へと向かって流されていきます
なんとも排他的な光景です

屋根のないところに集う裸たち
露天風呂は夜八時半までとなっております――――
肩まで湯船につかる者
半身を夜風にさらす者
誰もが湯船のふちを背にするものだから
微塵の疑問も浮かぶことなくみんなで自然に円になる
あたしたちは裸で他人同士なのに円になっているのだ
あたしはこの肉体の内に渦巻く憎悪を取り出して湯船に沈めます
沈めた憎悪はふやけてすこし可愛いくなる
この子を沈めたままで湯船を上がるのは気が引けて
こんなつもりじゃなかったのに と、幾度も
同じ過ちを繰り返してしまうのです

I know―――.
  I know―――.


自由詩 パブリック・バス Copyright 百瀬朝子 2009-06-22 21:52:10
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