子吉川
小川 葉

 
 
父さんと
子吉川で釣りをしていた
海の近くだったので
時々川が逆に流れていた
時間は正しく流れてるのに
潮が満ちると川だけが
昔へ還っていくようだった

父さんは
いつも僕と離れて釣りをした
僕と釣りにいく口実で
本当は一人になりたくて
子吉川に来ていたのかもしれない
そんな気がしたことも
時々あった

魚はひとつも釣れなかったけど
釣れなくてもよかった
ただ時が静かに過ぎていて
川の流れを見てるだけでよかった

何も考えずに
何かを考えてるうちに
時々僕の背後に
知らないおじさんが立ってることがあった
父さんと同じくらいの歳で
最近鏡を見ると
やけにその顔を思い出す

おじさんは僕に微笑みかけると
父さんの方へ歩いていって
小さな声で話したり
懐かしく笑ったりしていた
まるで生きてるように

それから僕は
土手をのぼって帰るおじさんに
おじさんも釣りするんですか
と、たずねた

昔したよ
よくここで父さんと
離れて川の流れを見てるのが好きだった
ひとつも釣れなかったけどね
でも一度だけ父さんが
大きな魚を釣りそこねたことがあるんだ

おじさんが指差す
その方を見ると
父さんの竿がしなってる
その流心の辺りで
大きな魚が一度跳ねて
それっきりだった

振り向くと
おじさんもいなくなっていて
川の流れが止まる
すると今度は海へ向かって
子吉川は流れはじめるのだった
 
 


自由詩 子吉川 Copyright 小川 葉 2009-06-21 21:56:23
notebook Home