遠泳
たもつ

 
 
父のベッドのところまで
凪いだ海がきている
今日は蒸し暑い、と言って
父はむくんだ足を
海に浸して涼んでいる

僕は波打ち際で遊ぶ
水をばしゃばしゃとやって
必死になって遊ぶ
貝殻を拾って沖に向かって投げると
網戸にぶつかる
それでも馬鹿みたいに遊ぶ

そういえば父といっしょに
海水浴なんて行ったことはなかった
車で一時間のところに海水浴場はあった
でもシーズン中は渋滞が嫌だったし
何より車がなかったし
父も運転免許を持ってなかった

学生のころ東京湾を泳いで横断した、というのは
父の自慢の一つだけれど
その勇士を最後まで見ることもないんだろう
それよりも今は狭いベッド荒波の中で
溺れないように戦うのが精一杯なのだ

母が束の間の休憩から戻ってくる
友人と食べたステーキ肉が美味しかったと笑う
僕は庭のラズベリーを一粒もいで口に入れると
ばしゃばしゃと波の中を帰っていく
 
 


自由詩 遠泳 Copyright たもつ 2009-06-21 15:20:51
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