遠泳
たもつ
父のベッドのところまで
凪いだ海がきている
今日は蒸し暑い、と言って
父はむくんだ足を
海に浸して涼んでいる
僕は波打ち際で遊ぶ
水をばしゃばしゃとやって
必死になって遊ぶ
貝殻を拾って沖に向かって投げると
網戸にぶつかる
それでも馬鹿みたいに遊ぶ
そういえば父といっしょに
海水浴なんて行ったことはなかった
車で一時間のところに海水浴場はあった
でもシーズン中は渋滞が嫌だったし
何より車がなかったし
父も運転免許を持ってなかった
学生のころ東京湾を泳いで横断した、というのは
父の自慢の一つだけれど
その勇士を最後まで見ることもないんだろう
それよりも今は狭いベッド荒波の中で
溺れないように戦うのが精一杯なのだ
母が束の間の休憩から戻ってくる
友人と食べたステーキ肉が美味しかったと笑う
僕は庭のラズベリーを一粒もいで口に入れると
ばしゃばしゃと波の中を帰っていく