面接(14)
虹村 凌

 白く濁った煙が、窓の外へと流れ出ていくのを、じっと見ていた。下腹部をウェットティッシュで拭き終わった女は、俺の横で椅子に座り、マルボロライトに火をつけた。
「ねぇ、さっき何ていいかけたの?」
「ん?」
「今でも、って言ってたじゃん」
「さぁな」
「今でも、好きなの?」
「知らねぇよ」
 女の横に椅子を並べて、その女の顔に煙をふきかける。実際、何を言おうとしたのか、よくわからない。別に嫌いになった訳じゃないけれど、付き合ってた訳でもないし、確かに好きは好きだけど、それが「愛」なのかと聞かれれば、どうも違う気もする。「隣人愛」ほど、平たい意味ではないけれど、「愛情」とも違う。
「ふーん」
 彼女はつまらなそうに、マルボロライトを吸っていた。つまらなそう、と言うよりは期待外れ、と言う方が正しいかも知れない。俺は、半分以上残っているセブンスターを灰皿でもみけして、冷蔵庫を開けた。俺が、いた。
「お前…何でいるんだよ…」
「あの女はお前の事知ってるだろうが」
「…」
「フン。何やってんだよバーカ」
 俺は黙って水を取り出して、冷蔵庫を閉じた。味のしない液体が、食道を下っていくのが、よくわかる。ペットボトルの中の水が、脈を打つようにドクン、ドクンと波打つ。
「ねぇ、私にも頂戴」
 女は手を伸ばす。
「いいけど、お前少しくらい隠せば?」
「何で?」
「何でってお前…」
「別に欲情するような身体じゃないでしょ?」
「いやそうでも無いけど」
「へぇ」
「な、何だよ」
「なーんでもない。お水、頂戴?」
 俺は女にペットボトルを投げてよこした。灰皿から吸いかけのセブンスターを抜き取り、火をつける。夜の窓辺で、全裸で煙草を吸う男と女。絵になってるなら、別に何でもいいかも知れない、と思った。別段、周囲の住人と付き合いがある訳でもないので、誰かがチクったりする心配も無いだろう。俺か彼女のストーカーがいたら、話は別だが。まぁそんなことも無いだろう。
 ペットボトルの水を飲み干した彼女は、その中にマルボロライトを入れて、煙草の火を消した。俺に向けて差し出すので、俺も短くなったセブンスターを入れた。微かな煙が、ペットボトルの中で交わって、小さな口から出て、消えて行った。
「何考えてるの?」
「ん?いや、別に…」
「ふーん」
 俺が考えている事には、あまり興味が無いそうだ。ぼーっと窓の外を眺める。轟音をたてて電車が走り去る。光と影が素早く流れていく。ドクン、ドクンと心臓が音を立てる。脳味噌の中で、立ち直りかけた理性が、再び吹き飛ばされる。求める、まぐわい、番い、交わり、溶けて、行く、俺を、見つめて、見ぬふりをして、溶けて、溶けて、飛び散る。二人でシャワーを浴びて、もぐりこんだ布団の中は、この世で一番平和で幸せな世界だと、そうやって眠る二人なら誰もが思うように、俺も、感じた。もうどうなっても構わない。この女だって、もうわかっているだろう。生活も、何もかもがどうでも良くて、真っ暗な穴の中に落ちていく、その冷たい感覚すらが、この「世界」のスパイスみたいに感じられた。
「起きてるか?」
「…ん?」
「笑うなよ…?」
「…笑ってないよ」
「本当は、今でも」
「今でも?」
「…なんでもない。おやすみ」
「…おやすみ」
 俺は、女を抱きしめて、眠った。
 夜の次に朝が来る保障なんてどこにも無いのなら、俺は間違っていない。夜の次には朝が来ると信じている奴等が、俺に後ろ指を、むける。狂った朝が訪れるかも知れないのに、朝は来ないかも知れないのに。


散文(批評随筆小説等) 面接(14) Copyright 虹村 凌 2009-06-21 00:31:26
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