忘れ物
殿岡秀秋
遅刻しそうになって
朝食を喉につめて
走って小学校に行く
教室に入ったとたんに思いだす
今日は図画工作の日だ
先生から新聞紙や糊やハサミや色紙を
持ってくるように言われていた
ぼくは何も用意していない
自分の席にランドセルをおいて
周囲を見る
同級生たちは
工作の準備を始めている
二時間の授業を
どう過ごせばいいのか
職員室に行って
忘れましたと先生に言おうか
このまま家に帰れたら
どんなにいいだろう
朝日に埃が光る
授業が終るまでは
小学校を出るのは禁止だと
ぼくの周りに張り詰めた柵ができている
なんとか乗り切らなくてはならない
ぼくがいる机の列と隣の机の列との間は
大木の祠のような穴があいて
ぼくが落ちてくるのを待っている
身震いして歩きだす
後ろの子に新聞を半分に切ってもらう
遠くの席の女の子に
色紙を分けてもらう
なるべく優しそうな子に頼む
先生が来て授業がはじまってからは
斜め前の子に糊をわけてもらう
はさみを隣の女の子に借りる
ぼくはもらったり借りたりするたびに
小さい声でお礼をいう
忘れ物をしたことを
気づかれないために
先生の動きを
髪の毛の先が察知する
今ぼくを見たようだ
何もいわずに通りすぎる
頭の中は
気遣いでいそがしいが
手先はゆっくりとしか動かない
腕を虫が張っていく感じがする
心臓のあたりが
木の根に挟まれたように
苦しくなる
見栄えのしない作品ができた
忘れ物したことさえ
気づかれなければ
作品の出来などどうでもよい
今日の授業を終えて
校門を出ると
物語の世界に入るように
小学校のことを忘れる
家について
着ていた服といっしょに
その日に押し着せられたものを脱ぎ捨てる
なんで学校なんてあるのか
ぼくは叫びたくなる
普段着に着替えると
母からおやつをもらって
外へ遊びにいく
夜になって宿題をするときに
小学校が甦ってくるが
考えないようにする
だから先生に言われたことも忘れてしまう