面接(9)
虹村 凌

 胸糞悪い思いと同時に、反論の余地の無い事実と言う二つの思いが、べっとりと身体の真ん中にくっついて離れない。熱めのシャワーで体中を洗い流し、浴室を出る。栓を抜いた訳でも無いのに、浴槽の中から、ゴポゴポと水で誰かが喋っている様な音がする。換気扇のタイマーをセットし、浴室の電気を消す。
「ゴポゴポゴポゴポ…」
 真っ暗なリビングに、薄い月明かり、銀色の街灯、それと、走り抜けていく電車の灯りが、部屋を照らしていく。部屋中で無数の、嗅いだ事のある匂い、知っている呼吸音とそのリズム、動き、が光の当たらない闇の中でうごめいている。現実にあった事と妄想の産物、どこまでが現実でどこからが妄想だったのかわからなくなってきた瞬間から、部屋中に少しずつ溢れたそいつが、ずっと俺を呼んでいる。だから、あまり部屋を明るくする気になれない。どうせ、電気をつけたところで、一瞬にして気配は消えるのだが。
 俺は机の上に転がっているピースに手を伸ばし、火をつけた。ギシ、ギシと床の軋む音がする。くちゅ、くちゅと口付ける音がする。何時から、現実と妄想のラインがわからなくなったのか、もう最近は思い出す事も出来ない。俺は喉の渇きを覚え、冷蔵庫のドアを開けた。
「本当はわかってるくせに」
 冷蔵庫の中で、俺が座ったままこっちを見ていた。
「本当は、わかってんだろう?何が現実で、何が妄想だったかって」
 俺は冷蔵庫の扉部に入っているジンジャーエールに手をかけた。
「お前は妄想と現実を混同して、どうにか納得したいんだろ?」
 ギギ、と言って冷蔵庫のドアが閉ざされ始める。
「何なら教えてやろうか、どこにそのラインが」
ここまで言いかけて、冷蔵庫のドアを思い切り叩きつけるように閉めた。ブーン、とモーター音を発したそれは、いつもの冷蔵庫と変わらない。
 空気の悪さを感じ、俺は窓を開けた。埃っぽい空気が流れ込んで行くのか、流れ出ていくのか、あまり動きを感じさせない夜だった。部屋の中の音が止んでいる。閉じきった部屋の時だけしか出てこない。俺の精神状況を表していると言えば聞こえはいいが、流石にそれだけじゃ無いだろう。窓を開ける事に、俺の精神とどうつながりがあるのかは知れないが、そんなオカルトは信じていない。ましてや…カンカンカン、と遮断機の音が、俺の思考回路を遮った。俺は煙草を灰皿に押し込むと、たたみっ放しにしてあった布団を広げ、横になった。この駅を通過する電車なのだろう、風を切り開いて走って行く音がする。まだまだ後続車があるのか、俺は警報機の鳴る音を数えている間に、眠りに落ちていった。


散文(批評随筆小説等) 面接(9) Copyright 虹村 凌 2009-06-14 01:11:45
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
面接