面接(5)
虹村 凌
端から見たら、随分と間の抜けた画なんだろうな、と思う。この逆なら、今までに何度か見て来たけれど、今のこの状況、男が泣いていて女が慰めていると言うのは、俺は見た事が無い。何だかおかしくなってしまう。自嘲気味に、ふっと笑いが漏れた。
「やっと、笑いましたね」
彼女は、半分よりも小さくなったピースを携帯灰皿に入れると、缶珈琲をぐっと飲み干した。唇の端に、夜の所為で血にも見える、濃い茶色の液体が、うっすらと滴になって溜まっている。彼女は手の甲で、その赤茶色い滴を拭うと、ふぅ、と小さなため息をついた。
「もう、大丈夫です」
俺は缶珈琲を腫れた目蓋から話すと、プルトップを引いて、少しぬるくなった缶珈琲を一口飲んだ。ポケットに手を入れて、さっきセブンスターを吸いきってしまった事を思い出した。すると彼女はそれを察したのか、ピースを取り出して、俺に差し出した。タイミングの悪さにも、この画にも、何だか情けなさを通り越して、おかしさが腹から込み上げてきた。
「行きましょうか」
彼女と並んで、駅までの道を戻る。まばらだった人影は段々と増え、車の通りも増えていった。くすぐったいような、何だか得体の知れない感情が、ふつふつと沸きあがる。
こういう発作みたいなのは、別に今みたいな状況じゃなくてもよくある。スクランブル交差点の真ん中で、「ごめんなさい!」とか「冗談じゃねぇ!」とか叫んだりしたくなったり、電車の中で意味不明な叫び声をあげたくなったり、片っ端から道行く人を捕まえて「君の哲学を教えてくれ!」と問い詰めたくなったり、色々としたくなる。叫んだりはしないけれど、そんな衝動はある。自転車ですれ違う人にラリアートをしたくなるような気分に似ているかも知れない。通り魔的な小規模なテロ行為だと思うが、実際に行動に移さなければいいだろう。考えるだけなら、犯罪にはならない。黙ってさえいればいい。
そんな事を考えている俺を見抜いたのか、
「何を考えているんですか?」
と彼女は聞いてきた。俺は、今考えていた事そのまんまを、伝えた。
「やっぱり、俺、変わってますかね」
別に、何の期待もしないで聞いたのだが、
「そうですね」
と言われると、一抹の寂しさを覚える。
「そんな淋しそうな顔、しないで下さい」
「してた?」
「してました」
「そんなつもり、無いんだけどな」
「凄く淋しそうでしたよ」
「演技、下手だからさ」
そういうと、彼女は不思議そうな顔をして俺に聞いた。
「何で、演技なんてするんですか?」
別に大した意味も無いし、理由も無い。ずっと仮面を被ってる訳じゃないし、ずっと演技している訳じゃない。俺の精神力は、そんなに強くないし、集中力も無い。ただ、俺が落ち込んでいる時は、周囲に気を使わせないように、少しだけ、演技をする癖がついていた。それも、みんなに見抜かれていたのかな。とんだピエロだ。流石に、自嘲せずにはいられない。
「何がおかしいんですか?」
「いや、色々バレてんだなって思いまして」
「演技力、あまり無いんですね」
「そうですね」
「でも、もう演技なんてしないで下さいね」
環境に順応するのは、早い方だと思っていた。でも、何だか慣れない。このくすぐったい空気が、凄くふわふわとしていて、なかなか馴染めないでいる。
「はい」
照れくさい。非常に、照れくさい。どうしていいのかわからない。恥ずかしいとは思わないが、こういう状況には本当に不慣れなので、思考回路はショート寸前である。ごめんね、素直じゃなくて。夢の中でも言えないだろうが、心の中でだけ謝っておこう。
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