「カマシア」:童話
月乃助
野原は、あたりいちめん紫の花のじゅうたんです。
やさしい風が、あまいかおりをはこんでいきます。
カマシアの花たちは、だれも春の日をいっぱいあびて、気持ち良さそうに顔を日にむけていました。
のんびりと春の日とそよ風を楽しみ、きらきら光の中で、そのすけるような紫色をいっそう明るく見せています。
遠くのほうで、音楽が聞こえるのは、公園の池の近くにあるバンド・ワゴンで演奏をしているのでしょう。
どこからかカマシアの花たちを分けいるように、女の子がやってきました。
その子は、花たちのまんなかにすわりこむと、ひざをかかえてしまいます。黒いまっすぐな髪をした子です。
花たちが、きゅうなお客さんにとまどってしまったのは、その子が、じっとみんなの中でうつむいているからです。だれでも、花たちを目にすると、足をとめ、ため息をついてきれいだといってくれるのに、その女の子には、そんなそぶりもありません。
だから、花たちはただじっと、その子を見つめていました。
にぎやかな音楽の音は、森の向こうからまだ聞こえてきます。
つめたい、なに。
女の子の足もとにさくカマシアが言いました。それは、どうやら女の子の落としたものです。
つっと、顔を上げた女の子のほおになみだがあります。
花たちは、それだからなおさら今では、女の子のことがしんぱいになってしまいました。もしも、人の言葉が話せるなら、きっと、「だいじょうぶ。どうかした?」って、そんな声をかけるに違いありません。なのに花の言葉は人には、どうしてかとどかないのです。
それでも、人が花たちの前に足を止めるのは、そんな花たちの気持ちが少し人に通じているのかもしれません。花の喜びや、うれしさ、日の中での気持ちのよさが人にもわかるのかと思ったりします。
女の子は、なみだをふこうともしないで、じっと、花たちを見ています。
カマシアたちは、今では、みなその子の悲しさを感じてしまい苦しいほどです。
どうしよう。だいじょうぶかしら、あの子。きっと、何か悲しいことがあったんだろ。そんなささやき声があちこちからしてくるのです。
女の子は、ぽつりと、
「運が悪いんだよね、あたしって。きっと…」そんなことを、今度は、青い空を見上げて言っています。
何だろう、運って。花たちには、それがどんなことか、分かりようもないのです。でも、花たちの美しさも、今は女の子の悲しみを軽くしていないのが、やはりつらいのでした。
どうしよう。あたし達じゃ、だめなのよ。それじゃ、どうする。どうするって…。じゃあさ。
花たちは、今度は、甘い香りで女の子をなぐさめようとします。それは、風にのって、女の子をやわらかなブランケットのようにつつみます。
女の子も、それに気づいたのか、大きく息をすうと、その香りにほんのひと時、目を閉じてくれます。すると、その香りにさそわれたのか、いっぴきのてんとう虫がやってきて、女の子の小さな鼻のさきにちょこんと止まりました。
えっ、と女の子は、少しおどろき、それでも、次にはにこっと笑って、
「ありがとう。そうだね、そう。幸運だってたまにはくるよね」そうつぶやきました。
てんとう虫は、少しの間じっとしていましたが、女の子が指でふれると、仕事をおえたように、すっと飛び立って行きました。
良かった。笑ってるわ。だいじょうぶかもね。
花たちは、女の子の笑顔がみられて、こちらもほっとし、それでも、いつまでも女の子の姿を見つめているのでした。