ア、雨
あ。

わざわざ好んで痛みを求める必要などない
足場の悪い苦境を選ぶ必要もない
水面に浮かぶ蓮の花みたいに白々と
空っぽの美しさを知ることのほうが重要だ

ぽかんと丸い広がる空の誕生日が
ぼくと一緒だったら嬉しいな
わかる人なんて誰もいないのは知ってるけれど

たか、たか、たか、と
平らだった水面が王冠の形をあちこちに作り始めた

さっきまでさらりと澄んでいたはずの空は
今にも落ちてきそうに重たい雲をぶら下げ
王冠はそこから作られていることに気付いた

作られては消え、消えては作られる
蓮の花びらがふらふら揺れる
髪からしたたる水を少し指ですくい呟く

ア、雨

もう一度だけ白い花びらに視線を移すと
すぐに背中を向けて走り出した
足元で水たまりがぱしゃぱしゃと軽い音を立てる

家に帰ると扉を閉めて
洗い立てのバスタオルで髪を拭いた
服を着替え、ベッドに飛び乗るように倒れこむ
かぎなれた自分の匂いがした

わざわざしんどい道を選ばなくても
歩きやすいほうが近ければそっちを選ぶ
苦しいことが美徳だとは思わない
楽に生きることを愚かだとも思わない

ア、雨だなんて軽く呟けるなら
こんなに幸せなことはないんだ


自由詩 ア、雨 Copyright あ。 2009-06-08 22:06:48
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