ア、雨
あ。
わざわざ好んで痛みを求める必要などない
足場の悪い苦境を選ぶ必要もない
水面に浮かぶ蓮の花みたいに白々と
空っぽの美しさを知ることのほうが重要だ
ぽかんと丸い広がる空の誕生日が
ぼくと一緒だったら嬉しいな
わかる人なんて誰もいないのは知ってるけれど
たか、たか、たか、と
平らだった水面が王冠の形をあちこちに作り始めた
さっきまでさらりと澄んでいたはずの空は
今にも落ちてきそうに重たい雲をぶら下げ
王冠はそこから作られていることに気付いた
作られては消え、消えては作られる
蓮の花びらがふらふら揺れる
髪からしたたる水を少し指ですくい呟く
ア、雨
もう一度だけ白い花びらに視線を移すと
すぐに背中を向けて走り出した
足元で水たまりがぱしゃぱしゃと軽い音を立てる
家に帰ると扉を閉めて
洗い立てのバスタオルで髪を拭いた
服を着替え、ベッドに飛び乗るように倒れこむ
かぎなれた自分の匂いがした
わざわざしんどい道を選ばなくても
歩きやすいほうが近ければそっちを選ぶ
苦しいことが美徳だとは思わない
楽に生きることを愚かだとも思わない
ア、雨だなんて軽く呟けるなら
こんなに幸せなことはないんだ