緋恋の指輪
蒸発王
母は
美しい
緋色の指輪を持っていた
『緋恋の指輪』
14の時のことだ
母の化粧箱の中には
翡翠のブローチに
銀のイヤリング
真珠の髪飾りや
琥珀のネックレス
色とりどりの宝石があった
中でも
一番美しいのは
ガーネットの指輪だった
血とも炎ともつかない
燃えるような
緋色のガーネットの巨石から
丸ごと採り上げたような
全身ガーネットでできた指輪だった
光にさらすと
透き通った
水面のような緋色が
ゆらゆらと揺れる
美しい
指輪だった
母の化粧箱にある宝石は
私が大人になったら全てプレゼントされる約束だったが
其の指輪だけは
許されなかった
(なぜ?)
と訪ねる私に
母は
大人になって
本当の恋をしてごらんなさい
燃えるような
心身を投げ打つような
醜く美しい恋を
そしてそれに破れた時の痛みを
経験してごらんなさい
心臓を無くしてしまう程の
その痛みも
やがては時が癒してくれるものです
(忘れるということ?)
痛みだけはね
それでも
其の思いだけは貴方の指先に遺り
いつしか誇りに変わるでしょう
彼を愛した
誇り
という「指輪」に
そう言って
私の目の前で
ガーネットの指輪をはめて見せた
それから
10年程たって
もう若くもないのに
無鉄砲な片恋をした
嫉妬と不安で鬼の形相になり
恋慕と愛しさで花のように顔が綻んだ
その果てで
彼は別の女性と結婚してしまった
結婚式の招待状をうけ
ウエディングドレスの着たかった私は
せめてもの反抗に
クリーム色のカクテルドレスに着替えて
それでも
式場まで歩いて行けなかった
そして先日
とうとう見つけ出した
一生の相手との式を控え
クローゼットの整理をしていると
件のクリーム色のドレスをしまった場所に
ドレスは無く
少し黄みがかった
オパールの指輪が転がっていた
光を反射して
碧く朱く光る石のような
忘れた恋が
――いつしか誇りに変わるでしょう――
数分間
呆けたように
指輪をかざしていた私は
彼の鳴らすドアベルの音に
少し笑って
玄関に走っていった
あの指輪を大切にしまって
『緋恋の指輪』
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【女に捧ぐ白蓮の杯】