変声期
山中 烏流
きみが
あまりにもきみでいたがるのは
そのうつくしいこえに
みいられたからなのだろう
わたしもまた
おんなじように
そのこえにみいられているものだから
きっとわたしたちは
もう、そらをみあげることはない
*
甲高い声でなくきみが
校舎の窓、あるいは
体育館の重たい扉越しに
その姿をちらつかせて
私はその度に
いわゆる、欲望というものの種を
きみに撒き散らして
きみはそれを
いとおしそうに眺めている
眺めて、なめている
*
わたしは何があろうともわたしだ
きみが
非常階段の隅で
わたしの相手の相手をしているときも
わたしは
わたしだったのだ
一人には広すぎた個室は
決して
きみのためのゆりかごじゃない
きみの深くに触れた手で
わたしは
最もわたしに近くあるべきものを
汚されている
*
わたしの声は
もっと、遠い昔に
枯れてしまったから
もう
きみのような甲高い声を
わたしが出すことは
これから、ずっと無いだろう
*
溶接されている
屋上へ繋がる扉の向こうは
きみが
手を引いた人々の嗚咽で
もしかすると
埋まっているのかもしれない
きみがそれに気付いたのは
いつだったろうね
階段に重なる足跡は
わたしのものだけではない
それを知っているのは
きっと、わたしだけだ
*
きみの声に重なるように
授業なのだろうか
まばらでも、美しいと思えるほどの
そんな歌声が
校舎から響く
きみは、きっと気付かない
わたしの喉が
ほんのりと熱くなる
這い出たかのような声量で
小さく喉を鳴らしたとき
わたしの声は
いつかと同じものだった
それは、つまりきみと同じ、
*
いつか
描かされて描いた樹の下で
きみの声を聞きながら
わたしは
誰かの腕を取り
そのぬくもりを優しいと呼んで
また、きみは
わたしの一番を汚す
*
甲高い声がする。
わたしの喉が鳴って、
同じ声で鳴く。
きみはやはり気付かない。
わたしに気付かない。
わたしがきみを見つめても、
きみにわたしは見えない。
同じように、
きみも、わたしには、見えない。