「つめを噛むのをやめなさい」
ベンジャミン

つめを噛む
黙っていてものびてくる
そのつめを噛む

噛み切ったぎざぎざの切り口を頬にあて
自らを削ぐように滑らせるとき
痛みとともに描かれる白い線には
まるで罪などないのだけれど

   ※

小さい頃
つめを噛むのをやめなさいと怒られて
その理由を聞かされることもなく
素直に従った
つめを噛むのには理由があっても
どう伝えればいいのかわからなくて

黙ってのびる
そのつめのように成長した今では
伝えることはできても
つめを噛んだりしないから
その理由は明かされることもない

ただ
まるで切り取られたつめのような棘が
いつもちくりと胸を刺していて
その痛みを感じると
ついつい唇を噛んでしまうから
冬でもないのに
荒れた唇からは血が滲んでしまう


(ねぇ つめを噛んでも血は流れないよ
 唇からはその色よりもあかい血が流れるのに)


つめを噛むのをやめなさいと怒られても
唇を噛むのはやめなさいと怒られないで
その違いを埋めることもなく
噛まれることのないつめはのび
噛まれた唇はすり減って
けっきょく語られない理由は行き場もない

たとえば今つめを噛んで怒られても
それはもう大人なんだからと
別の理由に置き換えられてしまいそうで
だからつめを噛んだりはしないけれど


(つめを噛むのをやめなさいと怒られても
 隠れて噛んでいたのはどうしてなのか)


どうしてだろう
どうしてつめを噛んでいたのだろう

ときおり忘れそうになるその答えを
いまでもこころにかかえたまま

僕はただ唇を噛む


自由詩 「つめを噛むのをやめなさい」 Copyright ベンジャミン 2009-06-03 23:30:49
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