ウエノポエトリカンジャムと詩について 1
馬野ミキ

2005年にウエノポエトリカンジャム3という
野外で8時間ぶっ続けで約80組が出演し
詩の朗読をするというイベントの
実行委員会の代表をやらせていただいた。
3というのだからそれ以前に2001年と2002年にあったのかな。
その頃自分は、詩の活動をまったくやっていなかったので知らない。
自分は3をやろう!と思ったとき
ああこれから世界が変わり始めるんだ、その分岐点になる日を俺たちが作るんだ
というような意気だった
閉幕の頃には上野中、東京中の人が
会場である水上音楽堂に集まってきたり
ヘリコプターが上空から
「大変です!いま上野で大変なことが起きています!!」というような画面を想像していた
そういう意味では、何も起こらなかった
だが迷惑をかけながら多くの人に支えられ
みんなに感謝せずにはいられなかった。
人嫌い社会嫌いの俺が人生ではじめて感謝という言葉が思い浮かんだ時かも知れない。

ウエノポエトリカンジャム3ではいろいろなことに挑戦した。
それまでに高円寺の無力無善寺でやっていた朗読会のスタッフでもあった松本暁君
2ちゃんねる詩・ポエム板発朗読会の関西幹事の古溝真一郎君と話すことが多かった。
まず、俺がこだわったところは
■詩の内部の風通しをよくする
詩誌/ネット/朗読会が分離し空気の行き来が少ないと思ったので
当時の四大商業詩誌に協賛を呼びかけた。
うち2誌にはレポートを掲載していただいたが
その2誌のうち1誌は廃刊、1誌は現在休刊しているという状態である。
だが詩の内部にいる人は
あまりこういう現実を直視できないのだと思う
なぜならその問題点の構造を破壊するということは
己の構造を破壊することでもあるからだ
だが俺は詩の好きなやさしい人たちをいじめたいわけじゃないので
ここらへんは現在微妙である。


■詩の外への啓蒙と内部の活性化
無料のパンフレットというか本を1000部配布した。
80ページぐらいかな。最初は1000部無料は無謀だと言われたが
スタッフのみんなの営業努力もあり無事発行できる運びとなった。
詩とは関係ない人に配って読むに耐えるものにしたい
かつ、ウエノポエトリカンジャム3以降
各地で行われる朗読会に新しい息吹が吹けばと東京朗読会mapを載せた。
またこの冊子の刊行において、日芸の学生スタッフの協力なしには
完成しきらなかっだろうと思う。
ありがとう。
この冊子には自慢できるとこがあって
無料の詩の冊子なのに最後の掃除後片付けの時に1冊しか落ちてなかった
あとのはみんな持って帰られたのだ

■声と言葉への原点回帰
バックトラック無し 
ただし詩という分野以外の人もゲストで呼んだりした
声と言葉
というのに敢えてこだわった
あとは何でもいーよ、とゆうか。
ウエノアートジャムじゃなくて
ウエノポエトリカンジャムである必要性というか。
バックトラック無し論には反対意見が強かったと思う。
だが俺は、
詩の特徴である
ちゃんと孤独になりきることによって全体を知覚する
ということに詩の内部にいる人があまりにも無頓着に思えたので
今回はバックトラック無しでやります、と言い切った。
これは俺だって音楽大好きなんだよ、というのとは別の話で。


■出演者の多様性について
詩人たち?が詩だと「信じているもの」を破壊してもいいんじゃないかと。
それを手放せないから現代社会だの閉塞だのというetcという現状があるんじゃないかと。
ネットで詩を書いている人にラッパーは不評であったし
現代詩人?にとってはアントニオ小猪木やアーサーホーランドは不快だったような。
アーサーホーランドさんの出演中に「今すぐあれをやめさせろ!」とか
怒鳴りまくってる人とかいたしねw
まあ俺はその人のキャラ面白くて好きなんだけれど。



■一般の人が見るに耐えうる朗読会〔最低限のプロデュース〕
まず、このためにこだわったのは出演順だ。
約80組一組一組のを脳内で限界まで想像して
それぞれの出演者にとっても観客にとってもよく作用するよう出演順を組み合わせた。
時効だと思うから書くけれどこれはスタッフみんなで決めたんじゃなくて俺が一人で決めさせてもらった。
組み合わせについては5部構成の司会にもあらわした
それから、ゲスト、一般公募の他にスタッフ推薦枠というのを大きくとって
8時間ぶっ続けた時のクオリティーを高めようとした。
だがこれには一般公募者などから出演者決定の不透明感があるなどの意見もあった。
と一般公募の持ち時間3分にも不満の声があった
短いと。
これはまず、なるべく多くの人を出演させてあげたいという気持ちもあった
それからもっとみんな短い時間でちゃんと言わないと詩の意味がないんだよという俺の想いもあったり
5分×2人でんー。。。と思ったら、
ふらりと来た一般の人は帰っちゃうかもとも思ったり
この人は実は短い時間で瞬発力を出したほうがいいだろうというという考えがあったりした。


■地域性〔回線切ったらハイお終いじゃなくて〕
地域を絡めようとした
ただ上野水上音楽堂をレンタルしてやるイベント、
でなく
上野という街をもっと巻き込もうと。
都市に住んでる人は隣人が誰だか知らないってのあると思うんだけれど
けどこれってどうなんだろう?という意味でも。
まずはカタチから
パンフレットに上野動物園園長のインタビューを掲載した
また、地元商店街での告知、互いに宣伝の協力
ビッグイシュー上野販売員の方々
上野でおこなわれている俳句の会みたいなところに連絡したこともあったんだけれど
その案は都合がつかなくおじゃんになったけれど。
五部構成だったんだけれど4部の司会を地元でお店を開いているあちこちゃんにお願いしてもらった。
とてもチャーミングなかわいい子。


■場を作ろう
ステージで何かする人

客席でそれを見る人
ってだけの関係性がつまんないなと。
せっかく野外でやるのに。
パーティーでしょ?と。
椅子にじっと座って無くてもいい場を作りたいなって
その為に会場のわざと奥地のほうにブース出展やあるいはサブステージを作って
会場に立体感をもたせた。
俺は見てないけれど最後のほうにはサブステージでストリップがあったり。
でも、この子もすごく苦労してほんとに大変なんだ


■東京のイベントじゃなくて日本のイベントにしたい〔東京という地域性を脱する〕 のその為に、
東京以外にも
名古屋と大阪で出演者選抜のプレイベントを
あと大阪のcocoroomでかなよさんと対談というか全員がステージにあがって喧嘩してるというか
また椿君たちの協力により
香川でウエノポエトリカンジャムを応援、協力してくれるイベントがあった。
とにかくプレイベントよくやった
東京では5つやった
やりすぎてだからプレイベントあまり客はこなかったorz
渋谷のNPO系のイベントでは俺渋谷区長と名刺交換したからなw
まああいつら朗読がはじまったらすぐ帰りやがったけど



■その他
■アートイベントと企業、詩とお金について、スタッフの労力について
一生懸命がんばって企業メセナの審査を通ったが支援してくれようとした企業は0
スタッフの身内、つてによるパンフレットへの広告掲載料でイベントをまかなった。
イベントにかかったお金は50〜60万くらい
大口カンパなどもあり黒字だったがスタッフの打ち合わせなどは全部自腹。
プレイベントで大阪に二回行った交通費滞在費も自腹というかつまり
がんばってくれるスタッフほど個人的な負担が増えてしまうというか
実際精神的にまいってしまったスタッフも数名いて申し訳ないなと思ってしまったし
自分も次はもう出来ないなと思った。


■スタッフは出演できるかどうか?
現在、詩のイベントに参加する人の人数は
鉄道のイベントに参加する人よりも少ない。
はじめは、スタッフはall黒子に徹し出演しないというふうにしたかったが
出演できないのならスタッフをやらない、という声が実際あった。
そうするとまずスタッフが集まらなくなってしまう。という
会場のキャパ1000人規模のイベントとしてはありえない問題が出てくる。
最初に言ったことと違うといわれたが、スタッフの出演を可にした。


■ネット
メールマガジン
週1発行のメールマガジンをイベント前日まで発行。
メールマガジン内でお題を出しミニコンテストを実施。
ただし集客などに関して効果があったかどうかは微妙。

ドメインを取る
www.upj.jp
ドメインをとった理由は
社会に認知される公式な詩のイベントを目指したというところもあった。
また、
前回、前々回主催のさいとういんこさんの対談
谷川俊太郎さんとスタッフのトークの動画をUPなど〔当日配布パンフレットに全文掲載〕
イベント当日までにホームページを訪れる人を絶やさないことを目指した。



つづく


散文(批評随筆小説等) ウエノポエトリカンジャムと詩について 1 Copyright 馬野ミキ 2009-06-03 22:02:37
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