彦蔵
udegeuneru

またやってしまった
と煙草を吸いながら彦蔵は懊悩した
それは毎夜のことである
だからもううんざりしている
今日も何もできなかったということに
一日を無為に過ごし
それを繰り返し齢を重ねるだけの人生に
きょう取り立ててやったことといえば
商店街に米を買いに行ったことぐらいだ

彦蔵の本分は学生であって
本来であればその学業に専念すれば良いのであるが
彦蔵の専攻は意匠すなわちデザインで
彦蔵はデザインが嫌いだった
嫌いなら専攻しなければいいではないかと批判する声もあるが
そもそも物事というのは深く知らなければ
好きにも嫌いにもなれない
勉強しないことを周囲に弁明する際、彦蔵はそのように言うのである
彦蔵はデザインという響きに漠然とした魅力を感じそれを専攻した
そして勉強すればするほどデザインを嫌いになっていった
考えてみればよく調べもしないで進路を決めるその横着さがいけなかった
と彦蔵は今になって思う

しかし母親に甘やかされつづけた彦蔵が
渡る世間のことを何も知らないのは当然のことだった
常に何かに守られていると感じていて
人生のあらゆる選択を無責任に適当にすましてきたのだ
また周囲も同じように何も考えてないと思い
真剣に己の身や将来を考えるということをしてこなかった
夢や将来を語るのは作り話の中だけだ
将来のことなど誰も何もわからないではないか
と嘯いていたのが数年前
今はこの体たらくである
大学生活も7年目を迎える
もはや若者とはいえない年齢にさしかかっていた

同級生たちはとうに職を見つけ中には結婚するものも居る
家を買うためにローンを組んだりしている
あるいはFXやら投資などと、もはや彦蔵にはわけのわからないことを言っている
皆それぞれに何かを見つけエネルギーを費やしているのだ

いつもつけっぱなしにしてあるテレビから
イギリスのバレエ団で活躍していたらしい同い年のバレエダンサーが
退団、独立し日本で新進のバレエ団を設立した
というニュースが流れてきた

テレビや新聞で同世代の人間が活躍する姿を目にするのにも慣れた
10代の頃はまだ焦りもあったが
ここまで身を持ち崩した人間が
世間に注目されるとすれば犯罪を犯すぐらいしかない
と一種の諦念をもって受け入れられるようになった
犯罪か、彦蔵はいつもの狭い部屋でひとりつぶやいた。



自由詩 彦蔵 Copyright udegeuneru 2009-06-03 00:23:47
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