夢しゃしん
恋月 ぴの

私とはひとつ違いだった
先生の評判を聞きつけて遠方から通ってくる
いわばミーハーな生徒さん同士

どちらからともなく話しかけると
すぐに古くからの友だちみたいに親しくなって
いわゆる「気の置けない女友だち」、それが由紀さんだった

三日早く入学した先輩なんだからねと笑いながら手伝ってくれた
不器用な私とは違って手際よくパン生地を捏ねていた

カメラも趣味とかでみんなの笑顔とか焼きたてのパンとかスナップしてた
みるからに高そうな一眼レフのデジカメ
カシャカシャと官能をそそられるシャッター音に魂まで盗られてしまう気もした

こんどさぁ撮影がてら姉のところへ行くんだけど付き合ってよ

多摩川の上流では天気予報通り雨が降りだしているのか
ひと夏の宴
その主役は私たちとばかりに蠢く生き物達の気配を剥き出しの二の腕に覚え

たまには顔を見せに来いってうるさいんだけど
姉とふたりでいると息苦しいだけでさ

いつもの彼女とは異なる一面を垣間見た気がした

ねえ撮ってあげようか

構図でも切り取るかのように指先でカメラの形を作り私へ向けてきた

とっておきの写真はこうやって心に焼き付けるんだ
私の好きな茨木のり子さんの作品に「私のカメラ」って詩があってさ
ラヴソングぽいところも気に入っているんだけどね

つい先ほどまでの気弱さみたいなものは感じられなくなっていて
私にはこっちの由紀さんのほうが好きだったりした







洗面所の鏡の前に立ち彼女がしたように指先のカメラで自分自身を撮ってみた

カシャっとか小声で雰囲気添えてみたりした

日増しに蒸し暑くなってきたけど夜風には辛うじて涼しさを覚え
二枚重ねの毛布に包まり同居人の帰りを待つ

うたた寝の瞼にひたひたと浮かび上がってくるもの
素直には受け入れ難いのだけど
それが私以外の何ものでも無いことを私だけが知っていた





自由詩 夢しゃしん Copyright 恋月 ぴの 2009-06-01 23:19:58
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