犬は音量がデカい
犬はいつまでも音量がデカい
猫の音量もデカいが
こっちは、しばらくすると「ブツ…」という音と共に消えるのが定番だ
なのに犬はまだ音量がデカいので
飼い主がツマミを左に絞った
「ワウ〜…」
犬の音量はフェードアウトされて
犬それ自信を消してしまった
一方、消えた猫は
ヒョイ…ヒョイっと、
バックステップして音量と共にまた生まれてきた
「スタスタスタコロ…ステップ」
猫は陽気な曲芸師のように
ヒョイ…ヒョイっと
バックステップしながら
商店街の牛丼屋に入って行くのを私は確かに見た
ポラロイドだが証拠写真も撮っておいた
5分くらいすると
猫は「牛丼の肉が薄いけど、でも美味しかった」と独り言を言いながら、
スーツ姿で店から出てきた
トイレで着替えたのだろうか
背中にギターをしょっていたので
そいつは次郎だとすぐに分かった
駅に向かう彼の後ろ姿に声をかけてみたが
返事がない
「おーい、次郎ー、次郎ー」
この一度きりしか来ることの出来ないと言われている不可思議な商店街で、
道行く人々はこの呼びかけの虚しさを知っているかもしれない
私が諦めかけたときだった、彼は背中のギターをスッと胸に構え
呼びかけに、答えるようにFのコードを弾いた
クールでもあり、また別の意味でもクールであったが
彼の彼なりのロックンロールなアンサーだったろうか
しかし3本の弦から街に響き渡るのは、やはり虚無だった
彼は雨よけのビニールに残響を残し、一度も振り向かぬまま商店街を去っていった
私が彼をそれ以上詮索しなかった理由?
フェードアウトしてゆく彼の響きには、私を突き放そうとする厭世的な孤独感が感じられたからだ
日が暮れて
私が、彼のあのクールなアンサーの理由を知ったのは
その夜、彼のホームページを見てからだった
『ワールドレコードより
::次郎ツアー キャンセルのお詫びとお知らせ::』
青くリンクされた文字をクリックすると彼の突然の失踪と
チケット返金対応についての詳細が書かれていた。
次郎を模したアイコンが、機械的にペコペコとお辞儀をしている
私はそのリズムに洗脳されるかのように機械的に考える
今日の昼下がり
彼は何を求めて、あの商店街を訪れたのだろうか。
それは同時に私自身への問いかけでもあった
しかし、自分でもその理由は分からない
人々はなぜ、あの商店街を訪れるのだろうか
そしてなぜ一度きりなのか
街の向こうに何があるのか
そして音はなぜ鳴り止むのか・・・
私には、分からない
私はその夜、ポラロイドを焼却した
私と次郎の厭世のために
そして人々の虚無のために